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 途中から千歳に車を引いてもらって中臣屋に戻ってきた。 「ただいま戻りました」 「ただいま帰りましたー!」 「おかえりなさい。……千歳も一緒ですか」 「はい」  赤い瞳に射抜かれる。  千歳はおいらに「後で相手してください」と言ってから小焼様の元に歩いていった。  そうだ、いかなる理由があったとしても、勝手に店のお金を持ちだしたら……、駄目だ。  だけど、それは、おいらを守るためであって……、千歳が罰を受けるものじゃなくて……、お金だって使わずに持ち帰ってる。だから、千歳が罰を受けるのは……なんとかしたい。 「十瀬。手が空いてるならこっち手伝ってやの」 「あ、え、お、おいらは……」 「千歳のことなら気にしなくてもええの。あの子はあの子で小焼様にお話されるだけやから。それよりもあなたはウチの手伝いして」 「あい」  千歳のことは気になるけど、おけいさんに呼ばれたので近寄る。  おけいさんの前には反物が広がっていた。玄人の姉さんが使うような立派な反物だ。 「これを売ってきてほしいの」 「お届けじゃなくて?」 「欲しい人のもとに届けるのも、ウチらのお勤め。京のものやからこっちやと珍しいし、姉さん方は喜んで取ってくれるはずやの。これだけあると運ぶのも大変やと思うから――」  おけいさんは微笑みながら、おいらの後ろに視線を移した。外からの光の入った青い瞳が光る。まるで空と同じような色だ。眩しくって、おいらには敵わない。 「小焼様」 「……千歳。おけいの手伝いをしてやってください。それでしまいにします」 「はい」 「――十瀬は、千歳と方々の見世に向かって反物を売ってきて。それから港屋に行ってほしいの」 「港屋に?」 「そう。耳を貸して」  おけいさんはおいらの耳にぴったり手を当てる。 「千歳を抱いてあげて」 「あ、あい、わかった」 「あの子、抱くよりも抱かれるほうが好きなのかも。……女に産んであげられたら良かったんやけど……、ウチは酷なことをしてしもた小鬼やの」  クスクス笑いながらおけいさんはおいらから離れる。  いつの間にか千歳が近くに来ていた。いつ見ても二枚目で整った鼻梁をしてうると思う。千歳が女郎なら番付で一番になれるし、誰よりもお高くて華のある生活をしていると思う。  だけど、千歳は苦しい生き方をしてるんだ。愛する者に裏切られて、忘れられなくて……、星になりたくて。 「母様。これは?」 「京友禅やの。方々の見世を廻って、これらを取ってくれる姉さんを見つけておいで。十瀬に抱いてもらいたかったら、それくらいお勤めしてやの」 「抱っ――」 「あら、そんなに驚くようなことでもないやの。ウチ、あなたが朝に誰の名を呟きながらしていたか知っているの」  千歳の顔が朱鷺色に染まる。おけいさんはカラカラ笑っていた。それから手でしっしっと早く行ってこいとやった。
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