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 反物をまとめて箱に詰め、風呂敷で包み、千歳が担ぎあげる。  京友禅の反物を鉄砲女郎が買えるとは思わないから、大見世にでも行くのかと思えば、千歳は羅生門河岸に足先を向けていた。 「ともゑ屋にでも行ったほうが良いんじゃない? さっさとお勤めをしまいにしよ?」  千歳にぴったりくっついて上目遣いで見つめる。青い瞳にお天道様の光が射しこんで綺麗だ。いつも綺麗なんだけど、きらきらに光って見える。おいらには絶対に手に入らない輝きだ。 「母様はこれらをいくらで売れば良いか言ってなかったでしょう?」 「そういえば、聞いてないや。千歳あにぃ、値段わかるの?」 「勝手に値付けをしろということなんでしょう。……あまりに安いと粋が無い。高すぎても買ってもらえない。この町で商いをするには足を使って情報を集めるしかない、ということです」 「だから羅生門河岸に向かうっての? 切見世の女郎にこんな上等な反物で着物を仕立てても――……」 「決めつけてはいけませんよ。向かうだけ向かいましょう」  千歳のことだから、きっと何か考えてのことだ。  思慮深くて優しくて、世話焼きで、人が良すぎる。徳を積んでるけど、その徳のぶんの幸せが、千歳には返ってきていない。周りばかりが幸せになって、そのぶん千歳は損してる。  本当は誰よりも幸せになるべき人なのに、他人のことを考えてさ……。  千歳と共に羅生門河岸のほうへ来た。  狭い路地の両側の長屋で女が客を取っている。大見世とは全然違う、普通の長屋だ。金を持ってない貧乏刀持ちが手ぬぐいを頬被りにしてひっそり通っているようだ。隠しててもなんとなくわかる。  ただでさえ狭い路地だってのに、順番待ちをしてる男がいるから通りにくいったらありゃしない。 「千歳。これだと反物を見てもらうのも難しそうだよ」 「……そうですね」  と返事はするものの、千歳は長屋の奥をじいっと見据えていた。おいらには見えない何かが千歳には見えているのかもって思うくらいだ。  千歳の後ろを歩いていると、急に袖を引っ張られた。 「な、何すんだい!?」 「遊んでいっておくれ。まだ口あけだよ」 「おいらは遊ぶ金なんて持ってない!」 「そんな上等な羽織を着といて何を言うかい。遊んでいきなよ。きょうはまだ生娘だ。ほら、入って来な」 「嫌だってぇ!」  切見世女郎の手を振り払おうにもけっこう力が強い。おいらが捕まっていることに気付いた千歳がこっちを向いた。その瞬間、手の力が弱まったようで、すんなり抜け出せた。 「ああ、ちょうど良かったです。どこもいっぱいだったので」  千歳は優しい微笑を浮かべながら、部屋に入ってしまったから、おいらも共に入る。  中には、小さな土間があって、その土間をこえると、畳を二枚敷いただけの部屋だった。こんなに狭い部屋で客を取ってるって……。下の位なだけあるや。  千歳が戸を閉めるように言うので、おいらは戸を閉める。千歳は草履を脱いで畳に上がっていた。  女は既に着物を半分脱いで胸を見せている。切見世はちょんの間でお勤めしているはずだから、さっさと穴に棒を突っ込んで終わりにして次の客、という流れにしたいんだと思う。 「お兄さん、二枚目だねぇ。あんたみたいなのが相手だと、わっちも嬉しいさ。すぐにもしととに潤っちまうよ。ほらほら入っておいで」 「いえ。体は生娘のままでいてもらいたいです。金ならきちんと払うので、私と話していただけませんか?」 「やらないってのかい? 珍しい男だねぇ。で、何を話すってのさ?」 「こちらの物を見てほしくて」  千歳は風呂敷を広げて反物を取りだす。  女は眉を下げて首を左右に振った。 「こんな切見世の女郎にそんな値が張るもの取れると思うかい?」 「では、いくらなら取ってもらえますか?」 「わっちは切見世の中でもこの時間まで男が来ていないような女だ。そんな女が金を出せるとでも――」 「いくらなら取れるか、言ってください」  ゆっくりとしていて、それでいて、文句を許さないような強さのある声だ。  千歳の言葉に、女は「三百文なら……」と返した。  いくら何でも安すぎると思う。ちょんの間で百文のはずだから、女にしたら三人相手すれば払える。  千歳はどう返すのかと思ったら更に眩しいくらいの笑顔を浮かべていた。 「合点承知の助。三百文でお譲りしましょう」 「あ、あんた何言ってんだい!?」  これには女のほうが慌ててる。  だけど、千歳は変わらずに穏やかだ。 「わっちのような女郎に格安で売るもんじゃないだろうに!」 「いえ。格安ではありませんよ。あなたが出せると言った金です。けっして安くないでしょう」  香炉で焚かれている線香がそろそろ消えそうだ。ちょんの間がそろそろ終わる。  それに気付いた千歳がすぐさま次の線香に火を入れていた。 「ちょいと何するんだい!? あんたがいたらわっちの勤めが――」 「金ならきちんとお支払いします。あと一本分も」 「それだとあんた、三百文になっちまうよ」 「はい。ですから、あと線香二本分、私達をここにいさせてください。そして、この反物を貰ってください。七ツ屋に入れてもらって良いので」  そんなことをしたら、お代を貰わずに反物を渡すことになる! おけいさんだって怒るはずだ!
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