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18
「千歳。そんな値で売ったら、おけいさんに――」
「大丈夫ですよ」
おいらが小声で話しかけても、千歳はそう言って笑うだけだ。
線香三本分過ごし、反物を置いて、おいら達は外に出た。
女は慌てた様子で「これ持って帰りなよ!」と言ったけど、千歳は「それはもうあなたの好きにしてください」と返すだけで、受け取ろうとしなかった。
これが吉原で言う、粋な行為なんだろう。いくらなんでも男前過ぎるよ。芝居でしか見ないような行いだ。
「では、次に行きましょうか」
「千歳。これ、売らないといけないんだよ」
「……わかってますよ。きちんと売りますから」
河岸見世の次は、小見世だ。籬もあるのできっちりした店構えをしている。ここで買ってくれる人がいれば良いけれど。
小間物屋と同じように板間にあげてもらって、風呂敷を広げる。
客を見送り休憩中の女達が反物を見に降りてきてくれた。
「こりゃあ、立派なもんだね。お高いんだろうに」
「さあ? いくらでございましょう」
「そう来たかい」
ここの御職だと思う。他の女郎とは全然違うけばけばしい色の着物を身にまとっていた。
こういう見た目と気位が高いだけで、味が悪そうなのが御職なんだから、小見世ってのは気楽なもんだ。おいらならこういうところ通いたいと思わない。
おいらが隣で座っているだけで、千歳はきっちり反物を売っていた。今度はさっきと違って七十匁を取っていた。
ここで取ってくれそうな女はもういないと判断して、風呂敷を畳む。
千歳の後に続いて見世を出かけた時、背後から女の声が聞こえた。
「あんた、あの坊ちゃんの色なら、気をつけてやりな」
おいらは振り向いて頷く。
そんなことを言われなくても、おいらは、千歳に気をつける。
目を離したら消えてしまいそうなくらいに、儚い印象を持つことがあるから……。いつだって星になりたいと暗く沈んでしまいそうだから。
反物を売り切ったら、港屋に行くんだ。
次は中見世。ここでも同じように反物を見てもらう。さっきよりも高く一両で取ってもらっていた。
女の格に合わせて値段を変えてるんだと思う。これが千歳の思う粋。そして、商いの方法……。何処に行っても必ず反物を一つ取って貰えてる。どんな値でも、減ってる。
「ねえ千歳。おけいさんに叱られない?」
「……大丈夫ですよ。私はきっちりこれらを売っているので」
「そうだね」
売物をしているというのは事実だ。千歳は嘘をついていない。頼まれたことをきっちりこなしている。
大見世ともなると、飛ぶように売れる。ともゑ屋はおけいさんが稽古をつけている子もいるから、複数取る子もいた。
そして、おけいさんに頼まれた分すべて売り切った。
「あんなにあったのに、全部売り切るなんて、千歳はすごいや」
「そうでもないですよ。物が良いので、欲しいと思ってもらえるんです」
「そっか。そんじゃ、港屋に行こ?」
おいらは千歳に近付いて腰を撫でる。千歳は少し跳ねた。そのまま尻を撫でると「コラッ」と言われた。
「急に何するんですか……」
「おいら、おけいさんに頼まれたんだ。千歳を抱いてあげてって」
「っ……!」
「千歳だって、したいでしょ? 今朝準備して行ったのに、そのままだし」
おけいさんの話だと、千歳が準備している時に呼んでいたのは、おいらの名前だ。
それくらい想ってもらえて嬉しいけど、おいらじゃ、駄目なんだ。
おいらを愛してほしいけど、おいらじゃ、千歳を幸せにできない。
千歳は顔を赤くさせて困ったように眉を下げていた。そして、おいらの耳元で囁いた。
「したいです……」
「よーし、それじゃ、港屋に行こ! あすこなら、千歳がいくら声出しても気にされないし」
「そ、そんなこと言わないでください!」
更に顔を赤くして照れてる姿が可愛くってついいじめたくなってしまう。
おいらは千歳の手を掴んで指を絡める。こうしてあげたら彼は喜ぶんだ。ほら、天神様のように美しい青い瞳を細めて笑ってくれている。
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