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 時の流れが早く感じるのは、繰り返しの日々じゃなくなったからだと思う。  中臣屋は廻船問屋だ。基本的には荷運びが勤め。おいらは千歳あにぃの手伝いの他に、あにぃの名代(みょうだい)として、男に抱かれる勤めがある。  それもこれも、夢夏が、女房を――千歳あにぃの妹を、護れなかったから。あにぃの妹を襲ったのは、刀持ちだった。武士に逆らうことなんて斬ってくれと言っているようなもんだ。だけど、抵抗することはできたはず。  妹を救うために、千歳あにぃは刀持ちのまらを扱いてやった。……として。  おいらは見れなかったけど、千歳あにぃは、千飴(ちい)という名で、道中をしたらしい。女の姿をして、オンナとして、堂々と仲の町で八文字を踏んだって聞いた。おいらも見たかったな、きっと美しかったんだ。そして恐ろしかったんだ。それを見れたのも、オンナとしてのあにぃに会えたのも夢夏だと言うから、腹立たしい。あいつはどれだけあにぃを困らせたら気が済むんだ。 「十瀬。何か考え事かい? さっきからぼうっとしているよ」 「ちっと、あなたさまとのことを考えてたんだ。おいら、学が無いから、失礼があっちゃいけねぇし」 「そのままのお前を見せておくれ」  刀持ち――菊田(きくだ)様は、千歳あにぃの妹を強淫しかけたが、物分かりの良い素直な男だ。おいらの嘘もいちいち疑わないし、おいらに惚れてるだけある。  千歳あにぃに惚れちまった菊田様だけど、吉原の見世にという名前の女郎なんていない。だから引手茶屋で笑われる始末だったらしい。  だけど、その執念だけは素晴らしくて、たまたま夢夏のいる薬種問屋(やくしゅどんや)伊織(いおり)屋に辿り着いたところ、偶然にも千歳あにぃと鉢合わせして……、なんやかんやあって、おいらが千歳あにぃの代わりをやることになった。  おいらに名代になるように頼んできたのは、夢夏の父ちゃんで、養生所(ようじょうしょ)の所長の夏樹(なつき)様だ。こちらはとても心の優しい人で、なんでもかんでも助けようとする性格をしてるって、小焼様が言っていた。小焼様の親友で幼馴染だとも聞いた。  さて、菊田様はすぼけまらで早漏だから、すぐに房事も終わる。これならおいらの菊座が腫れることもないし、優しいもんだ。一分糊を唾で伸ばして、菊田様の陰茎(へのこ)に塗りつけ、自分の中に導く。 「んっ、ふ、……んん」 「ああ、十瀬の中は気持ち良い。真に上開(じょうぼん)だ」 「へへっ、まだ気をやらないで。もっと、良くしてあげる、から……!」  おいらは全く気持ち良くない。腹の中に何か入ってるなぁってくらいで、なんにも感じないや。これならまだ港屋に来ていた船頭のほうが技があって良い。何回気をやってもしつこく突いてきて、菊座が裂けちまって勤めになんなくなったから、しつこいのは勘弁だけど、気持ち良かったのは、良かったんだ。 「あっ、アアッ! もっと、もっとぉ、そこ!」 「もう出す! 出すぞ! うっ!」  ……もう終わっちゃった。この前よりは、長くもったほうかな。  おいらも一度くらい気をやりたいな。いつもこんな調子だから、おいらが気持ち良くなることなんてない。それでもイッたふりはしないといけない。 「それではまた頼むぞ」 「あい。またね」  房事が終わると菊田様はすぐ何処かに行く。勤めの合間の息抜きにおいらを抱いてるのかもしれない。お役所の仕事だかなんだかわかんねぇけど、女にも好かれないと思うよ。  おいらは後片付けをして、裏茶屋を出る。日はまだ高い。  中臣屋は吉原にある。昼間の吉原は静かなもんだ。やっぱり夜の町だな、と考えながらいっちに広い仲の町を歩く。ここを八文字を描きながら道中する姐さんはどんなに気位の高い人なんだか。顔が綺麗なだけじゃ部屋持ちにはなれない。読み書きもできて、話も技も上手くなくっちゃ。  それができた吉原一可憐な花魁と言われた女が、中臣屋のカミさんだ。 「十瀬。おかえりなさいやの」 「ただいま戻りました!」 「そろそろ千歳が戻って来るから、相手してあげて。あの子、自分から『したい』って言うの恥ずかしいみたいやから。にも言われへんみたいやし」 「おいらよりあきの姐さんにしてもらったほうが良いんじゃないの?」 「あきのはもうお腹がおっきいから駄目やって。ウチも、あれぐらいになったらできへんかったから……。それに、あきのは小焼様と夏樹様のところへ行ったの」 「あいわかった」  あきの姐さんは、千歳あにぃの女房。だけど、おいらが千歳あにぃを抱くことを許してくれているというか、好んで見てるというか……珍しい人だ。  上方訛りがあるから、たまに何言ってるかわかんない時があるけど、それはおけいさんも一緒だ。どちらも同じ訛りをしてる。  江戸の男は遊ぶものだって言うから、おいらと千歳あにぃの仲を認めてるんだと思うけど、それは女と遊ぶことを言ってて、男に抱かれるってなると別な気がしなくもないけど、おいらには関係ない話かな。  おいらが土間に並べられている細々したものを片付けている時分に、千歳あにぃが帰ってきた。 「千歳あにぃ。おかえりなさい」 「ただいま帰りました」  あにぃの表情は少し暗い。おいらが菊田様に抱かれる勤めに出る時は、いつもこうだ。きっと責任を感じてるんだと思う。せっかく陰間としての生活が終わったってのに、また身売りのようなことをさせてる……と思ってる。  気にしないで良いって言っても、千歳あにぃは気にしちゃうようだ。おいらは、千歳あにぃが壊されるぐらいなら、いくらでも代わりになれるってのに。  とりあえず、今はおけいさんに言われたことをしよう。 「あにぃ。やりたい」 「え!」  ぎゅーっと抱き着いて、腰を押し付ける。  あにぃのほうが背もずぅっと高いし、体格も立派だ。おいらが腰を押し付けても太腿の間になっちゃう。あにぃのまらはおいらの腹辺りの高さにあると思うけど。 「だめ……?」 「や、やりたい、と言われましても……」  千歳あにぃは困ったように眉を下げている。おれはじーっと青い瞳を見つめる。今日も澄み切っていて綺麗な瞳だ。おけいさんの瞳が青いから、母親似なんだなぁって思う。 「千歳。ここの荷物、港屋に運んで。ついでに遊んできて良いから」 「あ、遊びませんよ!」 「そっか、遊び相手が抱き着いてるんやった。十瀬と乳繰り合ってきてもええの」 「母様(かかさま)!」  顔を赤くしてる千歳あにぃはとても可愛い。肌が白いから、赤くなったらすぐにわかるんだ。 「千歳あにぃ。おけいさんもああ言ってるし、行こ?」 「配達にですからね!」  とは言うけど……千歳おにぃの瞳が涙に濡れてるように見えた。期待してるのがわかるから、女の子のようで可愛いもんだ。
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