なんでピンク頭…

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なんでピンク頭…

「ぐあっ!」  男はうめき声を上げて攻撃された場所を両手で抑え、身体を丸めてびくびくと悶絶している。 「あれ…? こんなもん? なんで…」  自分は、正直破裂してしまっても構わないつもりでグーパンチ繰り出したつもりだった。通常なら少なくとも昏倒するはずなのに、ヤツはしっかり意識があるようだ。 「威力が…落ちた?」  思わず手を広げてまじまじと見つめる。  そこで不意に違和感が頭をよぎった。 「私の手って、こんなんだったっけ?」  面積の小さな手のひら、細くて短い指。  いや、女の子らしい、可愛らしい手。  本当は、もっと大きくてゴツくて…。  ほんとうって、なに? 「大丈夫ですか! お嬢様!」  バタバタと足音が聞こえ、振り向くと若い女性が二人駆け寄ってくる。  さらにその後ろから警備隊らしき騎士たちが数人駆け付け、すぐに地面でのたうつ男を捕縛にかかった。 「すみません。ご令嬢は凄く目立つので我々のところからもよく見えていたのですが、人が多くてすぐ対応できませんでした。怖い思いをしたでしょう」  騎士の一人が焦った様子で頭を下げる。  目立つ?  べらぼうに背が高いからか?  いやその前に『ご令嬢』とかって。  首を傾げ、ふと近くの店の窓ガラスに目を止めた。 「え……。どういうこと?」  これは、いったい誰?  こてんと反対方向に首をかしげてみると、そこに映る少女も同じように首を傾ける。  小さいと思った手を口元にやると、また、同じように動く。  どうやらこれは、自分のようだ。 「なんでピンク頭…」  小さなつぶやきに、謝罪にきた騎士や自分に寄り添おうとする女性たちは困惑顔でおろおろとしている。 「オーロラお嬢様…。どうなさったのですか?」 「オーロラ?」  呼びかけられた名前をおうむ返しに声に出した瞬間、がんっと頭を後ろから殴られたような衝撃を受けた。 「あっ…」  思わず額に手を当てるが、すうっと身体の力が抜け地面に膝をつきそうになる。 「お嬢様!」  女性たちと騎士が手を出して自分を支えてくれた。  その時。  ふと、強い視線を感じて片手を額に当てたまま顔を上げる。 『うわあああーっ! ハロルド王子殿下、聖女エレクトラ、ばんざーい』  気が付くと人々の歓声と拍手がますます大きくなっていた。  遠くに見えていたはずのバスケットのように開いた豪華な馬車が、最も近くを通ろうとしている。  艶やかな黒髪にアイスブルーの美しい女性は降り注ぐ真昼の太陽と金色の馬車の装飾の反射を受けて、きらきらとまるで自身が光を放つように輝く。  まるで、現世に女神が降臨しているかのようだ。 「エレクトラ・クランツこうしゃくれいじょう、ばんざーい」  近くにいた幼い女の子の声が、ことのほか大きく耳に届く。  エレクトラ・クランツ…。公爵令嬢…?  ずきんずきんと頭の奥で波打つ痛みに眉をひそめながら、ひたすらパレードを見つめる。  くらくらと眩暈もしてきたが、構っていられない。  とにかく、この頭の痛みと違和感とわけのわからない状況を振り払いたかった。  凱旋パレード。  美男美女のカップル。  王子と聖女。 「これ、どっかで見た…」  声にもならない呟きが、ぽとりと落ちる。  すると、幾重にも重なる人垣の向こうで民衆の歓喜に応えにこやかに手を振る公爵令嬢は、まるでそれが聞こえたかのように大きく目を見開いた。 「え?」  ほんの短い間。  時が止まったようだった。  騎士たちに支えられてようよう立っている自分と、金色の馬車の上で背筋を伸ばして微笑んでいた高位貴族の令嬢。  互いの眼が交わった。 「……!」  おーろら。  上品な色をした唇が震える。  そして。 『どうして』  絶望したかのような声を認識して一瞬のあと、また歓声の渦の中へと戻った。  わずかでも令嬢の様子が変わったのを察知したのか、隣に座る王子が心配そうに語りかけ、包み込むように抱き寄せると、更に人々は興奮して悲鳴を上げる。  そして、何事もなかったかのように二人を乗せた馬車は通り過ぎていった。 「『聖女オーロラは愛を奏でる』…」  唇が、勝手に言葉を紡いだ。  脳内に様々な画像がぱたぱたと本をめくるように目まぐるしく現れては消えていく。 「逆ハーとかって、何の呪文だよ…、ここあ」  最後に懐かしい場面が浮かんで消え。  そこで、意識が途切れた。
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