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心愛と鈴音、そして桐子
「ねえねえ、このゲーム、すっごくすっごいんだってば!」
大きな目をキラキラさせてパジャマ姿の心愛(ここあ)がベッドの上で跳ねる。
「へえ、そーなんだ」
同じくベッドの上に胡坐をかき、壁に背を預け膝の上にファッション雑誌を広げていた鈴音(すずね)は首をかしげた。
ちなみに、鈴音もパジャマ姿だ。
一年ほど前から鈴音は東京にある中堅の芸能事務所に所属し、寮として借り上げてあるワンルームマンションで生活し、同期の心愛も同じフロアに住んでいる。
お互いティーンズ雑誌のモデルとして数年前から働いていて仕事がかぶる事も多く、こうしてオフの時にはたまに部屋を行き来していた。
規模は小さいが女子ばかり詰め込んで廊下が外から見えないセキュリティ万全のマンションなので、パジャマ姿で自室を出て別室へ転がり込むなど日常茶飯事だ。
「やだもう、また、しらーっとしてるんだから、キリちゃんは~」
むうっと唇を尖らせたもののたいして気を悪くすることなく、心愛はご機嫌な様子でコントローラーを操作してゲームを起動させる。
鈴音は事務所に芸名を付けてもらい、『桐子』として活動していた。
なので、周囲には『キリちゃん』と呼ばれている。
ちなみに心愛は本名のままだ。
「…あ、なんか…」
ゲームの表紙がテレビ画面に表示されて鈴音は目を瞬く。
「うふふふ。わかったあ?」
嬉しそうに心愛がまた跳ねるので、当然振動で鈴音の身体もゆらゆら揺れる。
「このピンク頭の子、心愛になんか似てるね?」
場面の真ん中に瞳と髪がピンク色の小柄な女の子が生き生きとした表情で笑っていて、その周囲を数人の美形男性が囲んでいるイラストが映し出されていた。
上の方に描き込まれている題名は『聖女オーロラは愛を奏でる』。
そしてピンク頭を囲んだ青年たちから少し離れた位置に、黒髪に水色の瞳の身分の高そうな少女が暗い背景色を背負い冷たい表情で彼らを見つめていることも気づいた。
「そうそう! 地元のお友達がね。そっくりだねって、教えてくれたの!」
「あー。そうだね。巨乳なのもそっくりだね」
「うーん、もう、キリちゃんのえっちー」
ばんばんと小さな手のひらで腕を叩かれたが、まんざらでもないのは分かっている。
鈴音は数年前に地方の田舎のちらしからモデルの仕事をスタートし、同じころ心愛は母親と都内でショッピング中にスカウトされて順調にティーンズモデルとして雑誌に載った。
そしてたまたまティーンズ向けのガールズコレクションが九州で行われた時に数合わせで鈴音が雇われ、そのままこの事務所の社長に東京で働かないかと誘われ、今に至る。
当初は体格が似ていたため、お揃いコーデなどで使われることが多く、撮影現場の待ち時間に親しくなった。
しかし、十五歳になったところで互いの容姿はずいぶんと変わってきている。
鈴音はこの数か月でずいぶんと身長が伸び、170センチを超えた。
対して、心愛は身長の伸びはゆっくりになり、その代わり胸がどんどん大きくなっている。
正直、メロンが二つくっついているような感じだ。
そして小顔で目がぱちりと大きく、いわゆる低身長ロリ顔巨乳美少女。
一部の男の夢を具現化していると評判になり、先日グラビアデビューして人気も上々だ。
棒のような体型で平凡な顔の鈴音と真反対と言って良いだろう。
なので、二人の仕事の内容が少しずつ変わりつつある。
「まあ確かに、心愛はアニメ顔だよね。そもそも心愛のお母さんもそうだし。見れば見るほどこのヒロイン、ほんと似てるなあ。かわいいね」
ピンクのウイッグを被りピンクのカラコンを入れたら、2.5とか言うやつなんじゃないと鈴音が言うと、両手を頬に当てて心愛は照れた。
「ありがとー。嬉しい~。キリちゃんのそういうとこ、大好き~」
そしてコントローラーを握り直し、さくさくと操作を進める。
「でね。出てくるヒーローたちがすっごくかっこよくてね。ひとりずつレンアイできるけど、すごくすごくうまくやったら、逆ハーもできるの! こんなカッコイイカレシ五人にデキアイされるのって、リアルであり得なくない? もうもう、キュンキュンきちゃうよ」
「逆ハー?」
実は、働きづめで時間に余裕のない鈴音にとって心愛の話す事の半分も理解できないが、彼女はそれに構わずゲームへの思いのたけを早口で熱く語り続けた。
「うん、まあ、いいか…」
友達が幸せでキラキラしているのはいいことだ。
「それでね、それでね…」
ちょっと舌っ足らずな心愛の甘い声を聞きながら、鈴音はゲームを観戦した。
いわゆる典型的な乙女ゲームと言われるものだったと思う。
ヒロインと悪役令嬢。
タスクをこなしていくうちにチートになっていくヒロイン。
そして、キャラクターたちと力をあわせて悪と戦う。
最後は聖女となったヒロインとヒーローが愛を誓い、周囲に祝福されてエンディングを迎える。
時々ちょっとうとうとしながらも心愛の弾丸トークに相槌を打ち、全てのルートのエンディングを見せられているうちに、とうとう夜が明けた。
ちなみに、その日の午後には鈴音は成田へ行きロンドンを目指さねばならなかったのだが、徹夜のまま心愛とマックで朝食を食べてさらにおしゃべりしたのちにようやく別れ、その足で必要書類を貰いにいったん事務所へ向かった記憶がある。
ゲームは今まで全く興味がなかったけれど、時間を共有する友達がいることが嬉しかった。
心愛が笑えば、自分も笑う。
時々脈絡もなく歌いだしたり、冗談を言ったり。
ジュースとスナック菓子だけで盛り上がり、寝落ちしそうになったら寂しくなった心愛にたたき起こされて、そんなことすら楽しかったのだ。
若かった。
何もかもが。
またそんな日々がずっとずっと続くものだと信じていた。
まさかこの朝が分かれ道だとは知らずに。
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