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そこから違う
駆け付けてくれた医師の診察では、まったく問題なしと太鼓判を押された。
成長期の少女によくある不調だろうとも言われ、素直に頷いて終了。
屋敷の使用人たちがいちように安どの表情を浮かべているのを見るにつけ、今世の自分は恵まれているなと思う。
医師の指導で用意された食事は薄黄緑がかった色のホワイトアスパラガスのポタージュで、アスパラガスのほのかな甘みが料理人の心遣いを感じさせ、とても美味しいものだった。
オーロラは食べ終えた食器を片付けて退室するナンシーたちを見送りながら、暖炉の前で炎を見つめながら考える。
家族との縁は薄いけれど、食うに困らないというのは本当にありがたい。
十分な暮らしだ。
パレード前の自分は、家族に対してはもう割り切っていて使用人たちに大切にされる生活を楽しんでいた。
まあ、あとは金に目がくらんだ親が自分をとんでもない家へ嫁がせるような事態にならないことだけは勘弁と、眠りにつく前に軽く祈るくらいはしていたが。
「まずは、箇条書きしてみるか」
温かい紅茶を載せたミニテーブルの引き出しから紙とペンを出す。
使用人たちはこちらが呼ばない限りここへは来ないはずなので、座面の大きな一人用ソファでオーロラは胡坐をかく。
寝間着なので容易だが、以前の自分はしない格好なので、ナンシーが見たら卒倒するに違いない。
だけど、それが『鈴音』の日常だった。
座り方を決めたらすっと頭がクリアになって気がする。
「さてと…」
ふと思いついて自分の名前を書いてみた。
まずは、この国の言語で。
そして、日本語、英語、さらに少し齧っている韓国語。
ちなみにこの国の言語の筆跡は、記憶の中と変わらない。
「うん。どれも書けるようになった、ということだな」
しばらく考えたのち、鈴音がパジャマパーティーで観たゲームの内容を思いつくまま書きだすことにした。
「ええと…。がんばれ、わたし」
眉間にぐっとしわを寄せ、懸命に記憶を掘り出す。
「国の名前はローマン」
とりあえず日本語で書きだした。
そして、ヒロインの名前は…。
「あれ? そこから違うじゃん」
そういえば、姓がトンプソンではないことを思いだした。
「オーロラ・ハート。…ハート伯爵の養女?」
慌てて裸足のまま床に降りてぱたぱたと本棚へ走る。
そこから淑女教育の一環として与えられていた最新版の貴族年鑑を引き出し、暖炉の前へ戻る。
胡坐の上で重い本をぱらぱらとめくって目を見開いた。
「どういうことかな、これ」
パレード前の記憶通り、ハート伯爵家は実在する。
そして、問題は家族構成だ。
「なんで、娘が生きているの?」
ハート家はオーロラと同い年の令嬢と年の離れた令息という記述がある。
ゲームではこの二人は存在しない。
流行り病で娘が亡くなり心を病んだ夫人が孤児院で出会った平民のオーロラを気に入り、伯爵家の養女としたことで、ゲームの中の学校生活でいじめられる場面があったはずなのに。
しかも弟まで生まれている。
「そういや、入学するちょっと前まで孤児院暮らしだったんだよね。ええと、そうだ。事業に失敗して多額の借金を抱え込んだ両親が自暴自棄になり、兄を殺して屋敷に火を放ち無理心中したとかなんとか…。兄への愛がめちゃくちゃ激しいな。そんな愛なら私はいらんけど…」
ちなみにこの孤児院育ちのくだりは、貴族のご令嬢たちからの嫌がらせの時にあった説明的セリフ。
あの縦ロール軍団、名前はなんだったか…。
「縦ロールはまあいいか。後回し」
それよりも、事業に失敗して大火事をだしたなか、オーロラだけが奇跡的に生き残った。
しかし、借金や周囲への弁済を負いたくない両親の親族たちは縁切りをし、やけどの手当てもせぬまま孤児院へ放り込んだのだった。
「うん、意外と覚えているもんだな。大昔なのに」
カリカリとペンを走らせながら、オーロラは自画自賛する。
そして、別の色のインクで横から小さくそれぞれの差異についての書き込みをした。
「まず、名前が違う。ハート家の子どもが生きてる。トンプソンは事業に失敗するどころか、実家よりよっぽど繁盛している…」
そして。
「オーロラは平民のまま」
くいっと首をかしげた。
「ようは、そこだよな」
うーんと眉間の皴をますます深くさせながらオーロラは唸る。
「別に今まで困っていないけれど、これから困る可能性があるんだよなあ…」
なぜなら。
目をつぶると脳内で映し出される場面がある。
凱旋パレードの紙吹雪のなか。
一度も会ったことのない、雲の上のそのまた上におわすはずの公爵令嬢が、自分を見て『オーロラ』と名前を正確に呟いたこと。
そして、『どうして』と顔を歪めたこと。
しっかり瞼に焼き付いているのだから。
「やばい気がするんだ。ああいうのって」
片膝を立てて、顎に手をやる。
前世での鈴音の勘は、ほぼ外れたことがない。
唯一外れたのは、殺された瞬間くらいだろうか。
「まずは行動第一」
オーロラは鈴を鳴らしてナンシーを呼ぶ。
「お嬢様。お呼びでしょうか」
「うん。悪いけれど、執事をここに呼んでくれるかな」
もしかしたらあまり時間がないかもしれない。
オーロラは思いつく限りの手を打つことにした。
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