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目の前に一人の女子学生がいる。
薄水色の髪と綺麗に切りそろえられたボブヘアー、左耳には氷の結晶を彷彿とさせるアクセサリーをつけている。
一目見ただけで惚れぼれするような見た目の彼女はクールな表情で俺をじっと見つめてきた。
まるで、彼女を見ているだけで凍ってしまいそうな状況の中、それに拍車をかけるかのように強大な氷属性の魔法を展開させていた。
それらは周囲の環境にも影響を与える程に高度なものであり、瞬時に寒気が伝わってきた。
そうして、視覚的だけではなく物理的にも凍らせて来ようとしている彼女の様子に、俺はというと、立っているので精一杯だった。
しかし、周囲にいる野次馬たちは、みな口を揃えて俺の事を「マギステル、マギステル」と口々に騒ぎ立てており、大きく盛り上がっている。
その盛り上がりに、目の前の女子学生はわずかに悔しそうな顔をした。すると彼女は両手を広げると、手のひらから大きな氷柱を顕現して見せた。
しかも、彼女の体から発せられる冷気が地を這い、今にも俺の足元を凍らせようとパキパキと音を立てながらにじり寄ってきている。
その状況は間違いなく、今すぐにでも決着をつけなければいけない事態だとわかった。
だが、そんな状況対して俺にできる事と言えば、本当に誰もが使える初級魔法しかない。
魔力消費も少なく、難易度も低い簡単な魔法のみだ。
状況からして、目の前の女学生は氷魔法を自身の周囲に発現させながら防御姿勢も整えているように見える。
そして、両手には一目見て分かるほどの高等魔法の氷柱、あんなものが突き刺さったらと思うと・・・・・・思わず内またになってしまいそうだった。
なんてとにかく、攻守揃った高等魔術師で間違いないだろう。
本来ならば、彼女の方がマギステルだと讃えられるべき相手を前に、俺は左手に雷属性の魔法を準備すると、周囲は信じられないほど盛り上がり、目の前の女学生もこちらの様子を伺う素振りを見せた。
今から俺にできる事と言えばただ一つ、この誰にでもできる初等魔法を初対面の相手に向かって確実に打ち込む事だ。
本当につまらない、見ごたえの無いものだが、俺はこれだけでこの不釣り合いな地位を手に入れてしまっている、というのが現実だ。
そして、今日もまたこのハッタリにも近い行為で、俺はこの地位を維持してしまう事になるかもしれないと思うと、わずかに腹痛がしてきた。
そんな、ぜいたくにも思えるストレスに苛まれていると、不意に目の前の女学生がわずかに動く様子を見せた。
そんな、動きに対して俺は、反射的に魔法を彼女に向けて打ち込んだ。すると、瞬く間に俺の魔法が彼女の体に直撃した。
雷属性の魔法、その特徴はスピードと攻撃力の高さだ。
しかし、高度な操作技術が必要になるこの属性は、本来ならば高等魔術師でしかまともに扱う事は出来ないと言われている。
つまり、本来ならば高度なコントロール技術で氷の壁を潜り抜け、彼女の体に直撃させることが必要になるのだ。
しかし、俺にそんな技術は無い。では、なぜ命中したのか。
それは、おそらく彼女と初めて決闘をしてしまったからであろう、としか言いようがない。そうして、ビクビクと体を震わせる女学生はその場でひざから崩れ落ちた。
意識はある様子だが、彼女の周囲から氷魔法が消え去っていたことから、この場は俺が勝利を手にしてしまったという事になるのだろう。
そして、その状況を即座に理解した周囲の人間たちは大きな歓声を上げながら俺の事を讃え始めた。
もはや何を言っているのかわからないほどの歓声の中、俺はただその場から静かに立ち去ることしかできなかった。
この状況の中で自惚れたい気持ちもある、この歓声に応え、自らの地位を誇り、多くの人間に認められたい。
だが、俺の心には不安と恐怖でいっぱいになっている。
なぜなら、俺の様な魔力の知識も能力値も低い奴が、この魔法学校における最大の名誉であるマギステルの位にいるなんて事を誇れるわけが無い。
何より、俺の能力は誇れるようなものではない。いうなれば不意打ち、闇討ちといった類の卑劣な力。
なんにせよ、俺のこの卑屈な性格がこのゆがんだ状況を生み出しているのは間違いない。
そうして、遠のく歓声を名残惜しみながら、この魔法学校での唯一の平穏を感じられる場所へと戻ろうとしていると、背後から小さな足音が聞こえてきた。
コツコツと可愛らしい音を立てながら現れたのは、細身で褐色の肌をした、耳のとがった女学生だった。
黒く長い髪の毛、切れ長で鋭い目と高い鼻、誰もが思い浮かべたであろう魔女に近い容姿をした彼女は、ぎこちない笑顔でパチパチと拍手をし始めた。
「マギステル、今日も素晴らしい決闘でございました」
「見ていたのか、キャシィ」
「勿論です、今日のお相手はいかがでしたか?」
「あぁ、まぁ・・・・・・」
「まぁまぁでしたか、しかし、あれほどの氷魔法使いをまぁまぁで倒してしまうとは、さすがはマギステル」
「いや、そうじゃなくて俺は」
「あっ、そうですねギルドに戻ったらすぐにお茶を入れます、もちろんお茶菓子も用意しておりますので」
「あのさ、まだ俺が喋って」
「そうそう、ちなみに今日のお茶菓子はマギステルがお好きだと言っていたたい焼きですよ」
「え、あ、そうなの・・・・・・じゃなくて」
「はい、では、先に行って準備をしてまいりますね」
そうして、キャシィは俺の話を聞こうともせず、嬉しそうな足取りで行ってしまった。
いつもこうだ、俺の言葉がまともに世間に届いたことなんてない。
口下手だし、活舌が悪いのは理解しているが、だからと言ってわけのわからないエピソードや出来事が独り歩きをしていて、気づいた頃には俺はとんでもない変人扱いされたりいたりする。
おおよそは彼女、つまりキャシィのせいだと思うが、そのせいで大変な毎日を送っているのは違いない。いや、俺がもう少ししっかりしていれば良いだけの話でもあるかもしれない。
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