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☆
男は故郷を離れ、街から街へ止まることなく移っていった。財力に頼り夜会という夜会を渡り歩き、あの娘を探し続ける。生気なく渡り歩く様はまるで幽鬼だと人は噂したが、男にはどうでも良い。胸の内に鉛を抱えるような感覚はあの娘に触れられれば消える。増すばかりの渇望に、瞳だけは常に灯火の如く。
故郷を出ていくつ目の街か。縁の家へ身を寄せはや三日。岸辺で波が砕けるのを眺めながら、サロンで客人の話を聞き流していた男の耳に、今宵開かれる夜会の話が飛び込んだ。
「私も訪問は可能か」
男は咄嗟に問うていた。男の夜会通いは有名だ。平気だろうよと返事には揶揄いさえ滲む。しかし男にはもう彼らの笑いも届いていない。
「もしかして今夜こそ……」
止めようもなく高まる音は、打ち寄せる波か、我が心か。
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