プロローグ

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プロローグ

ここ、天地村中学校の本日は晴天なり。風もなく、絶好のスポーツテスト日和である。 「次!影沼星路(カゲヌマセイジ)!」 スラリとした長い手脚に、涼しい目元、背丈は180cmくらいはあろうか、 体操着の表面からもしっかりとした筋肉が見てとれる体躯を持った少年が前に出る。 彼は普通の学校であれば学校中の人気者となるくらいの端正な容姿を持っていた。が、ここ、ど田舎にある天地村中学校の全生徒は6人しかいない。 ゆえに、生まれた時から見知っている3人の女子から贈られるものは黄色い声援ではなかった。 「がんばれ〜!(セイ)ちゃ〜ん!!ぶちかませ〜〜〜〜!!!!!」 長い黒髪をポニーテールにまとめた大きな目が印象的な焔 灯(ホムラ アカリ)。 「わかってるわね、平均を狙うのよ。」 優等生風に眼鏡を光らせ長い髪を両三つ編みに結んでいる植原 柳(ウエハラ ヤナギ)。 「適当にいけ〜」 陶器のような肌を持ち、肩までの色素の薄い髪をくるくるふわふわさせている美少女、氷凍(ヒトウ)つらら だ。 星路は誰の声にも耳を貸さず、ハンドボールを握りしめ、地に着いた軸足にグッと力を込める。 すると、先ほどまでゼロに等しかった風が徐々に吹き始めた。 彼が片足を地面に着け、勢いよく手からボールを放した瞬間、凄まじい突風が吹きすさび、追い風となってボールを遥か彼方へ飛ばしていった。 その様子を見て残りの二人の男子学生が声を上げる。 「お〜すっげ〜飛んだなぁ〜。さっすが"風使い"!!」 体操着の上に不釣り合いな虎の毛皮を纏った、一際身体の大きい犬塚 大牙(イヌヅカ タイガ)。 「でもテストで術使うのって反則なんじゃないの」 ツンツンした黒髪に黒いマスク、鋭い目つきをしているうえに、体操着まで黒く染めて全身黒づくめにしている暗道 鋼(アンドウ ハガネ)だ。 「俺たちの場合、術も実力のうちだろう。」 涼しい顔でボールが消えていった彼方を見つめる星路に 学校に1人しかいない教師、千里 一(センリ ハジメ)が恨めしげに訴える。 「せ〜い〜じぃ〜〜〜?あのさぁ、言ったよね?俺、5分前に君たちに言ったよね? これは国に提出するスポーツテストだからさ、平均点目指そうって。  俺たち“(シノビ)“が本気出したら驚異的な数値叩き出して、国から目ぇつけられちゃうから!! 忍ぼうって先生言ったよね〜〜〜〜!?」 千里の大声は虚しく山間にこだました。 ご察しの通り、ここ天地村中学は、生徒も教師も、親も…なんならたまに学校に入ってくる犬でさえ、村の者は全員忍者である。 そしてこの天地村に生まれるものは、古来より何がそうさせるのかさまざまな特殊能力を授かって生まれる。 その異能を生かし、昔から忍びとして裏社会で生き抜いてきたのだった。 「今の時代、ネットで拡散されたら一瞬で終わり!世界から目ぇつけられちゃうんだからね!!」 「千里。」 星路は興奮気味でまだ説教を続けようとする千里をなだめようと声をかけた。 「先生って呼んで。」 拗ねたガールフレンドのようにお願いする千里に、星路は軽く舌打ちをしながらしきりなおした。 「先生。スポーツテストは本来、個々の実力を測るものだろう。 俺も本気でやってみて、自分の力が同年代の普通の人間とどのくらい違うのか知りたい。」 「気持ちはわかるけどさ、星路。あれ。見てよ。」 千里は先ほどボールが飛んでいった彼方の方向を指差す。 「もはや測定不能だからね。お前らが本気出した後のボール見つけて、いちいちそこまで巻尺持ってって長さ測るのだれ?そう…O・RE☆DA・YO!?」 「"千里眼使い"の千里なら、見つけるのなんて一瞬だろ。半径100km見えるくせに。」 「先生は大人だから、忍務以外で力使っちゃいけないんですぅ〜〜!  大体、星路だけじゃないよ。鋼!」 くるっと後ろを向いて、自分の手にはめた鉤爪を愛おしそうに撫でている鋼に標準を合わせた。 「"暗器使い"のお前は!ハンドボール握る時くらいその鉤爪外せって言ったよな!?さっきボールに穴開いちゃってたの先生見てたよ!学校の備品は大切にしようね!」 「すまん」 鋼は全く反省してなさそうに返事をする。 「でも、それをいうなら灯だって反復横跳び中に発火して体育館を焦がしてたぞ。」 隣にいる灯を指差して、説教の矛先をパスした。 「私、“(ほのお)使い“だから、摩擦ひどいと燃えちゃうんだよねぇ〜。」 ケラケラ笑いながら灯は、油の染み込んだ布が撒かれた指をこすり合わせると、指先に小さな火をおこし、あっという間に手のひらに火炎を作って見せた。 それを見た千里は慌てて注意する。 「こら!灯、消しなさい、その火!いないから!普通の中学生で、反復横跳び中に摩擦で発火したりする奴いないから!ネットで拡散されたらそれこそ炎上するよ、炎だけに!」 途端に千里の足元に急激な冷気が漂い、つま先から氷で凍りついていく。 「やめなさい!つらら!!先生を凍らすんじゃない!!」 「千里、そういう親父ギャグマジでいらない…」 “氷使い“のつららはつまらないギャグが気に障ったらしく、千里を足下から凍らせるのをやめない。 「千里兄が寒いギャグ言うからだよぉ〜」と灯。 「つららはこう見えて笑いにうるさいからな。」と鋼。 「笑ってるとこ、あんまり見たことないけどねぇ。」と柳。3人は凍りつく千里を見ながら談笑していた。 「ちょっとみんな!呑気にしてないで先生を早く助けてよね!!」 千里は半泣きで嘆願した。 灯は炎で千里の足元に凍った氷を溶かし、柳はつららをどうどうとなだめた。 鋼は何もしなかった。 「シャトルランとやらは結局、途中で音が無くなったな!」 「ああ。247回で急に終わるとはな。まだこれからという時に。」 不満そうな大牙と星路の会話を聞き、柳が口を挟む。 「中学生男子のシャトルラン平均回数は77回らしいわよ。」 「マジでか!?」 「そんな足腰では夜中の峠越えはできないぞ!?どうするつもりだ!」 「普通の中学生はまず夜通し峠越えをしないから心配いらないわよ。」 足元に残った氷を手で払いながら、千里は威厳を取り戻そうと咳払いして生徒たちに目を向けた。 「いいか。確かに、自分の能力を最大限試すことも大切なことだ。でもな、今のお前達に一番必要なことは自分の能力をコントロールする力だ。  俺が教員免許を取りに村の外の学校へ行った時は、まだここまでスマホとかSNSとか普及してなかったから、忍びの能力とか身体能力がちょっと漏れちゃっても、みんな気のせいかと思ってスルーしてくれたけどさ。 今は世界中の誰もがカメラを持ってるだろ。撮られたら証拠が残るし、秒で拡散される。お前達は一度外に出たら、失敗ができないんだ。」 みんなを見回しながら千里は一呼吸置いて言った。 「だから俺たちは今まで以上に普通の人間を装うために、普通の人間を研究する必要がある。」 生徒たちは顔を見合わす。 「研究?しかし…そんなの、どうやって?」 「もしかしてっ!外の学校に潜入するのかッ?!」 「え〜灯はこの学校でみんなと一緒がいいよ〜!」 「研究って、人体実験とか?」 「あら、ちょうど新しい毒草を人体で試してみたかったのよね。」 「外に行くなら吉本の劇場があるところに行きたい」 「ハイハイハイ!ストーップ!!!みんな勝手に話しないで!先生の話まだ終わってないよ!?なんかどさくさに紛れて物騒なこと言ってる子もいたよ。やめて!そういうの。」 千里は咳払いをし、切り出した。 「そこで村の大人で話し合って、決まったことがあるんだ。」 千里はもったいぶるように、目を閉じて、わざと次の一言をためている。 生徒たちはえ?何?とソワソワする。 鋼は校庭の雑草をちぎって「早く言え」と千里に投げつけた。 「なんと!来週!里に・・・・・転校生が来ます!!!!!!」 「えええええええぇぇぇーーーー!?!?!?!?」 ここは天地村中学校。生徒も教師も、里の人も動物も全員忍者である。 そんな土地に、初めての転校生がやってくる。 「そんな大事なこと、体育中の立ち話でするか普通。」 「喋ってる教師に向かって草投げてくる生徒も普通いないよ、鋼。この不良!」 「うるさい」 「先生に向かってうるさいって言うなぁ〜!!」 千里の情けない叫び声が空にまた虚しくこだました。
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