9人が本棚に入れています
本棚に追加
***
不眠不休で、ひたすら練習を始めて、三日後。
夏休みだから学校に行かなくていい日とはいえ、ちょっと無理をし過ぎたかもしれない。だが、パートを休んでまで母が協力してくれたのだ。その厚意、けして無駄にしてはいけない。
しかもご丁寧に三日後の夜、ついに雨が降り出した。好都合だ。これで、クロがいつも何に怯えているのかわかろうというもの。
私はリビングで黄昏ているクロの後ろまでいくと、気合を入れて魔法のダンスを始めた。
「ふっごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!うおおおおおおおおおおおお!」
三十分で四股百回!股関節も痛いし眠気もやばいし声も枯れて来たが、これが、手を抜いていたらとてもじゃないがクリアできない。
私が顔を真っ赤にして踏みぬいたその瞬間、ぺっかー!とクロの体が光ったのが見えた。
どうにか魔法が成功したようだ。私の頭に、クロの考えが流れこんでくる。
『ああ、あの夜と同じ雨だ、雨が降ってる……』
少年のような声。これがクロのものなのだろう。そして。
『とりあえず、いつものようにぷるぷる震えて鳴いとくか。ほら、昔どっかの会社のCM?でチワワがぷるぷる震えてたら可愛い可愛いって流行ったって話があったらしいし。YouTubeで見たし』
――え。
『震えて怯えた顔してたらなんか飼い主がおやつくれるしな』
――え。
『つか、最近飼い主たちなにやってんの?すんごい顔でどしんどしんやってて怖すぎるんですけど。趣味?雨ごいの儀式?動画撮影とかでもやってんの?人間ってワケワカンネ……』
「…………オイ」
気づけば、私の喉からは低い声が出ていた。
クロがこちらを振り向く。そして、いつもの通り、ナオ、と可愛い声で鳴いた。可愛い声で鳴いたがもう誤魔化されない。
「クロ。あんたしばらくおやつなし!」
「にゃっ!?」
その瞬間、明らかに言葉を理解している猫が悲痛な声で叫んだが――空しくなった私は、ものの見事にスルーしたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!