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ヒロイン視点
描けば出る。
ガチャ要素のあるゲームでまことしやかにささやかれている都市伝説だ。絵を描いて願掛けすることで、ガチャを回した時に目当てのキャラクターと巡り合う。
あくまで都市伝説に過ぎない。詰まるところ確率の問題なのだろう。それでも私は机に画材一式を広げていた。
右手でスケッチブックのまっさらなページをめくる。左手は卓上本棚へ伸ばす。隙間なく収めている本のほとんどは、高校二年生を対象にした学習参考書だ。
真面目な蔵書に紛れているA4サイズで厚みのある本を、表紙と裏表紙をつかんで取り出した。幻想的な配色の装丁である。
私は手を傾けて表紙を見た。
一人の少女と一匹の狼を描いた絵画が中央に配置されている。その絵画を五人の少年で取り囲む構図になっていた。
題名は『ルプスの絵画 公式ファンブック』だ。恋愛と同時に育成バトルも楽しめる乙女ゲームの設定資料集である。
私は、付箋の貼ってある「CHARACTER PROFILE」を開いて読書台に設置する。
項目名から視線を下げた。少年の立ち絵――頭の天辺から足の爪先まで描いたグラフィック――が印刷されている。
「デクスター、尊い」
そのまま魅入りそうになるのを、鉛筆を持つことで何とか耐えた。
定期テストが明けるまではログインボーナス――ゲームアプリを立ち上げることで配布される、ゲームの進行に必要な品々――で我慢していたのだ。設定資料集を眺めるだけで羽を伸ばしたつもりになるのはもったいない。
私は黒い芯を紙に乗せて、立ち絵を見ながら描いていく。模写だ。今の私が会いたいのは、二次創作として描かれたIFのデクスターではなく、公式のデクスターである。誰に見せるでもない絵の場合はできるだけ手癖を抜きたかった。
輪郭は丸みを帯びていて、幼さの残る顔立ちをしている。伏し目がちに描かれた目は大きい。反対に唇と鼻は小さめだ。くせ毛の短髪は柔らかい線で表現されていた。
育ち盛りの十七歳にしては体の線が細い。
デクスターは魔法士を養成する共学の高等学校「オリエンスマギカスコラ」に通う二年生だ。それなのにまだ制服に着られている感じがあった。実際のところ、プロフィールに記載された身長も平均に届いていない。
デクスターは公式ファンブックで表紙を飾るくらい重要な立場にある。
最初は小動物っぽい見た目に惹かれた。次にメインストーリーを読み進めることで人柄と過去を知った。
立ち絵をぱっと見た限りでは気付かなかったが、よく見ると、ただのかわいい系男子ではないのだ。
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