10人が本棚に入れています
本棚に追加
「ゆっくり急げ。努力する委員長の姿を見ていると、祖父母によく言われた格言を思い出します」
ぼそぼそと話すわりに、確固たる信念のにじむ声だった。デクスターである。私はついスマートフォンを持つ手に力を込めた。
委員長は『ルプスの絵画』における主人公兼プレイヤーのことを指す。
デクスターと同じA組に所属する少女だ。年齢と性別、役職、学年首席であること以外は不明だ。立ち絵どころか初期設定の名前すらない。
キャラクターからは役職名で呼ばれることが多いが、個人名もゲーム開始前に入力できる。私は「委員長」のことを一人のキャラクターとしてではなく、自己投影したキャラクターとして認識している。だから本名である絵麻をカタカナで入力した。
今日は幸先が良い。ログインボーナスを渡してくれるキャラクターは無作為に選ばれる。本番はこれからだと理解していても、高揚感は抑えられそうになかった。
「ログボが魔法の筆というだけで、無理、しんどい」
ゲームシステムとしてはガチャを回す際に用いる素材だ。一回の利用につき、三十本の魔法の筆が求められる。切りのいい十回分をまとめて行う場合は、三百本の魔法の筆が必要ということだ。
一度や二度の挑戦で引き当てられるとは思っていない。魔法の筆は日頃からためてきたつもりだ。果たして何本あるだろうか。
ゲーム内のホーム画面から「召喚」を押してガチャ画面へ移動する。
ガチャには恒常と期間限定の二種類が用意されていた。今回の目的は後者である。期間限定の画面には「デクスター編最終章ピックアップ召喚」と題されたバナーが映し出されていた。
画面上部に目を向ける。魔法の筆の所持数が書かれていた。三千だ。十回召喚を十度まで挑戦できる。いわゆる百連だ。
最悪の場合は天井――救済措置。『ルプスの絵画』は百連でSSRカード一枚確定――に賭けたい。とはいえ、確定枠がピックアップ対象とは限らない。恒常のSSRカードがすり抜けてくる可能性もあるのが、天井の怖いところだった。
「デクスター、ありがとう。あなたのおかげで天井まで挑戦できます」
スマートフォンを恭しくスケッチブックの上に乗せた。
「あなたのくれた魔法の筆が、私の会いたいあなたとの縁を結んでくれますように」
画面に表示されている「十回召喚」を押す。
最初のコメントを投稿しよう!