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「私に会いたい、って毎日言って」
「毎日会ってるのに?」
「満たされてるのに満たされないのが愛してるってことなのよ」
まあいいけど。
そう思っただけだったか、実際に口に出したかどうかは忘れてしまった。昔の話だ。
風香と付きあって初めてのデートの日のことだった。
空は高く澄んでいて、雪も降らない寒いだけの冬から逃げるように僕たちはカフェであったかいカフェラテを頼んだ。
初デートということもあり僕は終始緊張していた。彼女が見慣れた制服姿でなく、私服姿だったのもある。
それに好きな人と二人きりなのでできるだけカッコつけたいとも思っていた。コーヒーが苦手なのにカフェラテを頼んでしまったほどだ。大人の余裕を見せなければ、と子供ながらに考えていた気がする。
とにかくそれらのいろんな感情が入り混じって、僕は彼女のお願いにひとつ頷いた。
「わかった」
「ありがとう」
にこりと微笑む風香の頬や鼻先は外の寒さのせいか少し赤らんでいて、艶めいて美しい。付き合えてよかったと改めて思った。
「じゃあさっそくどうぞ」
「え、今から?」
「もちろん」
「もう会ってるのに?」
「満たされてるのに満たされないのが?」
「愛してるってことなのか」
満足げに彼女が頷くので、大人の余裕を心に纏っていた僕はしぶしぶという様子も見せることなく件のセリフを口にする。
「君に会いたい」
「もう会ってるじゃない」
「なんだこいつ」
大人の余裕が一瞬で剥ぎ取られた。
うふふ、と彼女は声を出して笑ってから「でも幸せね」とかわいらしく微笑む。
とても綺麗な形をした唇を目に焼き付けながら、この人と付き合えてよかったともう一度思った。
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