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まるで最初から全てマルセルが考えた脚本であるかのように。すらすらと何が起きているのかを推察して今後の方針まで決めてしまう。物心ついた時から裏で生きている人間というのはこんなの朝飯前だ。ティータイムの隙間時間に適当に済ませる程度のこと。
ふいにマルセルが笑みを消した。いつも笑みを浮かべているので、真顔になるのはシャイルでさえ滅多にお目にかかれない。
「ツイード、ポケットに何入ってるの?」
「え?」
珍しく驚いた様子でツイードはポケットを探る。そして目を見開き、紙を一枚取り出した。
「いつの間に……」
暗殺者として高い実力を誇るツイードが、物を入れられたことに気づかなかった。これは本人からすれば屈辱であり失態だ。マルセルはツイードがしてやられたことが面白くて仕方ないらしく、口元に小さく笑みを浮かべる。特にお咎めはないらしい。
「つうか、なんで紙が入ってるってわかるんだよ」
シャイルの呆れた様子にマルセルは応えることなくふふっと笑った。ツイードが紙をマルセルに手渡す。本当に紙切れ一枚、二つ折りにされている程度だ。しかし、開いてそれを見たマルセルは珍しく目を丸くする。そして。
「へえ、そっか。なるほど、わかったよ『月の女神の涙』の正体」
「あっそ」
「すっごくどうでもよさそうなんだもんなあ、シャイルは」
「興味ない」
「私は興味ありますね。教えて頂ける内容ですか?」
するとマルセルは紙を目の前に掲げて見せる。その内容を見たツイードは驚き、シャイルもわずかに目を細める。
短い一文。それだけで十分伝わった。そして、最後に「あなたの女神より」というサインと真っ赤な口紅のキスマーク。
「これは美しい。月の女神の涙の美しさが予想以上だ。早く見たい」
珍しく、本当に満足そうに。穏やかな顔で笑うマルセル。シャイルはこんな顔のマルセルを見るのは初めてだ。なまじ彫刻のように美しい顔立ちなので、普段からそういう顔で笑っていればいいのにと思ってしまう。
彼を楽しませることなど、ほぼ不可能なのだから仕方がないのだが。彼を笑わせることができるのは、件の女神様だけなのだろう。
「さあて、忙しくなるね。海賊の討伐と、筋肉馬鹿の始末と、ついでに日ごろキャンキャンうるさい貴族たちも始末しておこうかな。犬はツイードに任せるよ」
「見せしめは必要ですか?」
「いや、いらないな。有名な奴らだけ、頭を目立つところに飾っておいて」
それが見せしめじゃないのか、と思うシャイルだったが面倒なのでつっこまない。彼らにとっては見せしめではないのだ、遊びのようなものなのだろう。彼らにとっての見せしめとはこの程度ではない、ということだ。
「シャイルは僕とおいで、海賊とダンスしに行こう」
「わかった」
「筋肉馬鹿の退治もね」
「それは自分でやれ」
「えー、汗臭そうな奴の相手なんてしたくないよ。まあいいや、さあ」
座っていた椅子から立ち上がるとツイードから上着を着せてもらい身支度を整える。
「Mad Tea Partyのはじまりだ」
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