「アナタ」に会いたい

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「着る毛布」をご覧になった事はあるだろうか? 毛布が人の形に縫ってあり、人がスポッと入る事が出来る代物だ。 私は着たことがないが、この商品の便利な点は、着脱が容易な点、自分の意志で脱がない限り着続けられる点だと思う。 暖かいヒートテックは着脱がめんどくさいし、ただの毛布の場合は移動していると脱げてしまう。 私が開発した「着る人格」はこの商品から着想を得た。その名の通り、人格を「着る」のである。 これは概念では無い。実物のある商品だ。形状としては人型をした薄い半透明の膜であり、首からお腹にかけてファスナーが着いているものだ。要するに着ぐるみと同じ構造だ。それを着る事で人格を自在に変化させられる。 これだけで何故人格が変わるのか、疑問に思う方もおられると思う。顧客には絶対に言わない事だが、これは一種の思い込みだ。顧客にそう思い込ませることによって、今この人格を着ているという錯覚を現実のものとするのである。その証拠に、顧客が本来全く持ち合わせていない人格は現れない事が分かっている。 今日は15人目の顧客である、26歳の青年との面談である。 「先生、お久しぶりです。」 いかにも好青年といった風貌の顧客は、礼儀正しくお辞儀をした。 「どうだい、最近の調子は。」 「すこぶる良いです。この前も会社で最年少で部長に昇格しました。」 「それは喜ばしいことだな。私が開発したものが役に立っていると嬉しいよ。」 「役に立っているなんてもんじゃありませんよ!私の人生を大きく変えた恩人です!」 青年は熱っぽく語り続ける。 しかし、これも彼が「着ている」人格なのである。 来たばかりの彼はこんなハキハキとした喋り方はしなかったし、こんなに気持ちのいい人間でもなかった。 しかし、今彼が着ている人格は彼の中にあったものだ。それが思い込みによって増強されたものなのである。色々思うところはあると思うが、彼が幸せなら良いじゃないか。そう思って頂きたい。 「良かった良かった。ところで、一度元の君に会わせてくれないか?」 「はい?」 「本当の君にだよ、人格を着ていない君。」 「本当の…?」 「そうだ、本当の君に会いたいな。」 「ホントウノ…ぼく…」 青年はしばらく沈黙したあと、にこやかに言った。 「分かりました!今脱ぎますね。」 青年はファスナーを開けて1枚ずつ人格を脱ぎ始めた。1枚、また1枚と脱いで行く。声には出さないが、表情だけでも人格によって実に多種多様で面白い。 5枚ほど脱いだところで、青年の手が止まった。 どうやらファスナーがつっかえて上手く脱げないようだ。 「ホントウノ…ボク…」 同じ言葉を連呼している。 「ホントウノォ…ボクゥ…」 ファスナーが少しずつ開き始める。 「ボントォォノォォ!!!ボグゥゥ!!!!!!」 真っ赤で温かいモノが彼の喉からゴボゴボと流れ出す。 彼の声はもう人間に聞き取れる言葉では無くなっていた。 また失敗か。私は肩を落とした。 この「着る人格」には欠点がある。それは「本当の自分について問われ続ける」事だ。本当の自分について問われると、人格を脱ぎ続け、いとも簡単に死んでしまう。 人間は本来何も無いのだ。それなのに何かあると思っている奴らが多すぎる。そういう奴らは元々生まれ持った人格があると思い込んでいる。でも、それは後天的にいくつかの知っている人格を融合させただけに過ぎない。人間なんてそんなに高尚なモノではないのだ。見つけた布切れを縫合して、人格を形成しているだけなのだ。 また次の顧客を探そう。次は死なない実験体が欲しいものだ。
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