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 秋の陽射しは、冷たい風が吹く日ほど暖かく感じられる。  ジリジリと肌を心地よく焼き、ポカポカと芯まで温める。  窓際の後ろから2番目の席は、勉強には適さないと思う。  まるで温室のように身体を温めて眠気を誘い、黒板からは遠い。  高校2年生の中弛(なかだる)みもあって、桑山 貴志(くわやま たかし)はうとうとと船をこぎ始めた。  シャープペンを握り、頬杖(ほおづえ)とついたまま口を半開きにして、(よだれ)を手の甲に垂らし、小さな寝息を立ててしまっていた。  ツンツンと背中を何かで突かれ反射的に顔を起こし目を開く。  高校の教室で授業を受けているのは分かっている。  ただ、話が途中で途切れて記憶にない部分がある。 「桑山、答えてみろ」  雷に打たれたように立ち上がり、 「はい、分かりません」  元気よく答えた。  教室が笑いの渦に包まれた。 「絶妙な呼吸だな。  つい笑ってしまったぞ」  前田先生も豪快に吹き出して、次の生徒を指した。  授業中に居眠りする生徒は、自己責任だという考え方である。  定期テストで点数を取れれば何も言われない。  だから、アルバイトでいつも疲れている生徒も、一度は起こすが厳しく責めたりはしなかった。  制服の上着が熱を含んでいて、どうにも眠気が止まらない。  上着を後ろで下ろしながら、もぞもぞと腕を抜いていく。  うまく脱いで椅子の背もたれにかけた。  成績は普通で、特に将来の目標もない人間は、できるだけ気配を消してノート取りにいそしむ。  学期末のノート提出はセーフティーネットになることもあるから、きちんととらなくてはならない。  チャイムが鳴った。  休み時間になると、スマホを取り出していじる生徒が多い。  BYODが始まったので、Wi-Fiにつないで好きなだけ動画を見たり、ゲームをしたりできる。  重たいファイルを開くと回線が不安定になるとか、どこに接続したかログが残るとか言われたが、すぐに忘れてみんな好き放題に使っている。  先生方も、暇ではないから黙認しているようだった。  SNSに新たなメッセージがないか、毎時間確認して読んでいるだけで次の授業が始まってしまった。  慌てて教科書を取り出して、頬杖を突く。  ちらりと後ろの席に視線を向けて、 「さっきは、サンキュな」  後ろの牧野に声をかけた。  桑山と同じような環境で勉強しているはずだが、牧野 里緒菜(まきの りおな)は学年トップレベルの成績を誇る優等生である。  先ほどのように、寝ているときに指されると、背中を突いて起こしてくれる。  いつも黙々と勉強しているので、休み時間にも話しかけるタイミングが見つからない。  特別に目立つ存在ではないが、顔立ちが整っているので密かに推している男子もいた。  だらしなく居眠りをしていても、軽蔑(けいべつ)するわけでもない。  一瞬視野の端で捉えた彼女は、秋の陽気を受けて長い髪を輝かせていた。
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