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英語のイディオム集を睨みつけたまま、バスの最後尾に座って揺られていると胃の辺りに重い感触を感じて顔を上げた。
牧野は車窓に目をやった。
田園風景の向こうに、太陽が沈んでいく。
地平線近くの雲に茜色が差し、燃えるような金色の縁に目を奪われた。
カラスの鳴き声が、長閑に時を間延びさせる。
遠くに山が青く横たわる。
何もしないでいると、身体が朽ちていくばかりで残すものがない。
若いエネルギーを持て余して、今は知識をひたすら詰め込んでいた。
勉強していれば、両親にも、学校にも認められる。
名が通った大学に入れば間違いなく将来が開ける。
そんなイメージに縋っている自分に疑問を感じなくもない。
だが、努力を緩めて足りないものを探しに行く気にはならなかった。
スマホを取り出し、最近見つけたグループチャットを開いた。
宇宙に関する最新情報をやり取りしているのだが、NASAやJAXA、関連するサイトを見て投稿している人たちが普段得られないような夢を見せてくれた。
国際宇宙ステーションは、地上から肉眼でも見ることができる。
遠い未知の世界のようだが、いつも頭上を飛んでいるのである。
そして、数百億とか数千億単位の予算をかけて様々な実験をしている。
最先端の科学が詰まっていて、学校の教科書にはない驚きがあった。
「お金を気にしなくていいとしたら、国際宇宙ステーションで何をするかな」
口を突いて独り言が出た。
宇宙に行くと、地球上ではできない実験もできる。
重力がないから、人間の臓器を立体的に培養して作るとか、化粧品の水が浸透しないために、新たなアプローチが必要になるとか、面白そうなテーマがあった。
宇宙に思いを馳せていれば、勉強を続けている意味を感じられる。
家に着くと、部屋に籠って参考書を開いた。
覚えるほどに、自分の無力さを感じ始め、一息つこうと顔を上げた。
スマホでグループチャットの書き込みを辿っていく。
すると、
「あなたに会いたい」
ダイレクトメッセージが届いた。
名前は「じやうなろ」と書いてある。
「変わった名前ですね」
返信してみると、
「私は常に身近にいる。
神に近い存在です」
もしかすると、同じ学校の人だろうか。
「国際宇宙ステーションに、お金を気にせず行けるとしたら、何をしたい」
グループチャットで話題になっているネタだった。
自分に問うのはなぜだろうか。
深い意味があるような気がする。
「自分に何ができるか分からないけど、画期的な研究とか、人類のために貢献できる何かをしないと、わざわざ宇宙でする意味がない気がする」
漠然と、宇宙のスケールを感じていたい。
そんな気持ちを書き込んでいた。
単調な毎日に、宇宙が潤いを与えてくれるのではないか。
じやうなろの問いが、新たな世界を垣間見せてくれた。
「会いたい」と言ったじやうなろは、実際に待ち合わせ場所を指定した。
何となく会いたい人、ではなくて本当に会うつもりらしい。
山形県の山奥らしいのだが、なぜそんな場所へ誘うのだろう。
警戒感よりも興味が勝った。
牧野は貯金をはたいて行ってみることにした。
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