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山形県にある深樹園駅を、じやうなろは指定した。
土曜日の始発を調べて新幹線に乗ることにした。
母に、
「日帰りで山へ行きたい」
と切り出すと、驚いた顔をした後少し考えて、
「いいんじゃない。
行ってきなさい」
とお金を出してくれた。
学校ではあまり目立たず、家では部屋に引きこもりがちで、友達と遊びに行ったりもしない子どものことを心配していたらしい。
将来やりたい仕事もないし、目標もない貴志が初めて自分から「やりたい」と言った気がする、などと言われた。
じやうなろのことを話せば心配するだろうから、詳しくは言わなかった。
彼は、身近に人生の鍵を握る人物がいて、度々桑山を助けているはずだ、とも言っていた。
今回の旅でも、その人物が重要な役割をするそうである。
占いを聞いているような気分だった。
当日、予定通り山形新幹線に乗り込む。
終点の新庄駅でローカル線に乗り換えようとホームで待っていた時である。
いつも後ろの席にいる、牧野に似た人物が、大きなリュックサックをしょって同じ電車を待っている様子だった。
まさか、見間違いだろうと思っていた。
線路のずっと先に視線を移して、山を眺めたりしていた。
空気が澄んでいて、紅葉が鮮やかに風景を彩る。
青空とのコントラストが、まるで一枚の絵葉書のようだった。
思わず両手を大きく回して、深呼吸していると彼女と視線が合った。
しばらくこちらを窺っていたが、電車が入ってくる。
乗り込みボックス席に陣取ると、暖かい陽射しがポカポカと身体を温めた。
山と河、まばらな家と田畑が、広々とした自然の中に絵のような風景を描き出していた。
「旅も、良いもんだな」
ポツリとつぶやいた。
「やっぱり、桑山くんだよね」
牧野が、揺れる車内を手すりを伝って近づいてきた。
他に乗客は少ない。
こんなところで知り合いに会う可能性は少ないはず。
でも、そんなことはどうでも良かった。
「ねえ、山って良いよね。
ちょうど紅葉してて綺麗だし」
学校では見たことがない輝く笑顔がそこにはあった。
向かい側に座ると、
「高校2年の秋に、山形の自然を味わいましたって、アリかな」
嬉しさに小躍りしながら言うのだった。
「そうだね。
僕は、山形に行きたいって親に行ったら、何も聞かずにお金くれたよ」
「なんか、青春してるね」
いつもの厳つい優等生の顔は影を潜め、まぶしい輝きを放つ牧野は綺麗だった。
窓の外を夢中になって眺めている彼女の横顔が、桑山の視線を釘付けにするのだった。
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