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 深い谷を渡る鉄橋。  短いトンネルを何度もくぐる。  その度に2人の心は、出逢いに高鳴っていく。  自然の中にいれば、それだけで心に暖かい光が差し込む。  深い部分にあった、冷たい液体に熱をもたらし、至福という形を帯びていく。  いつまでも、こうしていたい。  2人は心から、そう思った。  ガタン、ゴトン。  レールの継ぎ目を車輪が渡る。  心地よさについ、目的を忘れてしまいそうになった。 「そうだ、深樹園駅って」 「次だよ」  もうすぐ列車を降りる。  美しい風景と、優しい列車の音が、名残り惜しい友人のようだ。 「電車に乗って、降りるのが惜しいって、初めて思うかも」  牧野は感慨深そうに目を細めた。  こんな旅があるなら、人生も悪くない。    深樹園駅で降りた2人は、改札を出ると外を見回した。  誰かと待ち合わせしているはずだが ───  スマホを取り出し、じやうなろのメッセージを確かめたが、何も返っていない。  呆然と立っていた2人は、初めて口にした。 「じやうなろが、会いたいって言ったから来たのだけど ───」  お互いに顔を見合わせると、困ったような顔がおかしくなった。  腹を抱えて、肩をゆすって笑った。  どうしようもなく楽しくて、嬉しくて、誕生日のプレゼントも、クリスマスケーキも、もういらないなどと思った。 「じやうなろ、どこにいるの」  呼んでみたが、答えがなくて可笑しかった。  また笑い、目から涙が(にじ)み出た。 「ねえ、(だま)されたんじゃない、私たち」 「ああ、騙されたねえ」  笑いが止まらなかった。  ちょっとしたハイキングコースがあるようなので、少しだけ歩いてみることにした。  ハイキングなんて、学校の遠足くらいしか記憶がない。 「そういえば、僕は、いつも家で閉じこもってパソコンいじってたよ」 「あはは、そうなんだ。  だから、じやうなろが声かけたのかもね」  はたと、牧野は足を止めた。 「そうだ、私って、いつも勉強ばかりを ───」 「声かけにくい人だなって、思ってたよ」 「やっぱり」  また笑いが込み上げる。  地面が柔らかい。  土と草と、太陽の香り。  ガサガサと、木々がざわめく。  蜂が飛び、虫が鳴く。  何より、暖かい陽射しが心を溶かすのだった。
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