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初恋ならぬ発恋
言葉が出なかった。
否定も肯定も出来ず只只、時が流れる。
「沈黙は肯定ととるわよ。」
「・・・・。なんで、そう思うの?美香。」
横からため息が一つ聞こえた。
「好きな男の字くらい見たら分かるわよ。」
今から、三ヶ月前の2月14日。
バレンタインデーの日に僕は、幼馴染の美香から告白をされた。
ぶっきらぼうな性格の美香が手作りのチョコレートまで用意してくれんたんだから驚いた。
そう、あの時は本当に驚いたんだ。
「字だけで、僕って分かったの?」
「そうよ。」
「そういうもんなの?」
「そういうものよ。」
僕はあの日、美香の気持ちに応える事が出来なかった。美香の事は好きだし一緒に居て楽しい、気を使わなくて良い数少ない特別な存在だ。
でも。
でも、この好きが恋愛感情からくるものなのか自分の中でハッキリしていなかったんだ。
この気持ちが何処からくるモノなのか分からなかったんだ。
だから僕は、美香の気持ちに応える事が出来なかった。それがハッキリするまでは、不誠実だと思ってしまっていたんだ。あの時は。
「私の事を盛大にフッておいて、良くあんな事が出来たわね。」
「盛大にって、、。」苦笑いしか出来なかった。
「準は、何がしたいの?まさか、本当に道司の事を・・・。」
いつも強気な美香がこの時は、凄くか弱い女の子に見えた。
「違うよ。僕は、ただ道司に元気になってもらいたかっただけなんだ。」
「それだけのためにあんな事したの?」
「ああ、道司は凄いんだ。アイツが野球部の部長なのは知ってるよな?アイツはきっとプロにだってなれる。それだけの才能が道司にはあるんだ。そしてそれをアイツも望んでいる。」
熱い視線を美香に向ける。
「こんなところで、あの才能に蓋をしてちゃいけないんだ。たった一度の失恋なんかで。美香も知ってるだろ、ここ最近のアイツを。」
美香は黙って俯く。
最近の道司は、件の失恋から全くと言っていいほど練習に身が入らない状態が続いていた。
この大事な時期に、そんな状態になっている事が僕には我慢出来なかった。
「だから僕はアイツにラブレターを書いた。」
まったく、、。また美香のため息が聞こえた。
「ほんと、バカがつくほど親友ね。アンタら。」
「腐れ縁だよ。」
「そっ。そのまま腐れば良いわ。」
俯いている美香が少し笑った様に見えた。
「その時は、美香も一緒だよ。」
「なんで私まで腐らなきゃいけないのよ。」
痛っ、脇腹を軽く小突かれた。
「だめ? これからも美香に一緒に居て欲しい。」
美香は、一瞬大きく目を見開いて照れくさそうに俯いて髪を手ぐしする。
そして、僕に向かって満面の笑顔で「ばか」と言った。
自分の心臓が跳ねたのが分かった。
その時の美香は本当に綺麗だった。笑った顔なんてそれこそ腐る程見てきたはずなのに。
沈む夕日。夕焼け色が眩しく彼女だけを照らしたように見えたんだ。
「み、美香。」
「なに?」
「僕と付き合って。」
僕は何を言ってるんだ。呼び出された方がなんで告白なんてしてるんだよ。
美香は大きく目を開け一瞬固まったがすぐに、「お断りよ。私はそんな安い女じゃないわ」と満面の笑みで言った。
「値引きしたつもりは無いんだけどな。」
「また、惚れさせてみなさいよ。」
その言葉を最後に、美香は立ち上がり振り向く事無く教室から出ていってしまった。
「フラれちゃったな」
見間違いかもしれない。美香の頬が夕焼け色より紅く見えた気がした。
その日の夜。
布団に入った僕はなかなか寝付けなかった。
こんな気持ち初めてかも知れない。
今夜の僕は、無性に美香と道司に会いたくて仕方がなかった。
おわり
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