お待ちかねの鑑定タイム

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お待ちかねの鑑定タイム

 あー、疲れた。  ――今日もなんとか、依頼を終えることができたわ。 『ただいま』と、誰が待っていたわけでもない家で小さく呟く。 「チェシャもお疲れ様。今日はすっかり遅くなっちゃったね」  報酬の話をしたあとは、そのまま酒場で食事を済ませて帰宅。空はすっかり暗くなっており、街の人々も殆どが寝静まる時間帯だった。  相棒のチェシャは居候という形で一緒に暮らしている。衣食住を提供する代わりに、私がダンジョンに潜るときには手伝ってもらっていた。黒猫の亜人(デミグランデ)と聞いて、最初は驚いたものだけど――今では頼れる私の相棒だ。  そんな彼は、部屋のソファにあがるなり、雑に横になって毛布に(くる)まる。彼はいつもベッドではなくソファで寝るのだ。一緒に寝るつもりがないとか、そういう話ではなく。そもそもこの家にベッドは置いていない。  そして、私の寝床はと言えば―― 「さて。今日のはどんな感じなのかしら」  懐から取り出したのは――魔法で小さくしていた宝箱。床に置いて魔力を流すと、“折りたたまれていた”質量が元通りに。本来の大きさへと一瞬で戻った。  マリンブルーの色彩に近い青をした立派な宝箱が、目の前にドンと現れる。  魔法というものは実に便利で――特にこの、機石魔法の“物を折りたたむ”という技術は偉大なものだと思う。これがあるから、ダンジョンで見つけた宝箱は持ち帰ることができるし、家の物置にもどんどんと保管していける。  ……流石にそろそろ棚が埋まりかけているから、チェシャに怒られそうだけど。 「それじゃあ、開けるわよ」  もちろん、中身は空っぽ。依頼を受けてくれた冒険者たちに全部あげちゃったから。ダンジョンで拾った時には少し痛んでいたけど、修復はまた明日に回せばいいかな。  これから、眠りにつく前の一仕事。  私唯一の肩書である、“宝箱鑑定士”としての一番の醍醐味(だいごみ)。  ……こうして近くでじっくり眺めてみると、やはり丁寧に作られたものだということが良く分かる。作り方を見ても、ウェリトンのあたりのもので間違いない。  使われている木材はどれもきっちりと同じ大きさに加工されて、肌触りも悪くない。正面の鉄枠には小さな宝石が一つだけ。あまり派手すぎない装飾だけれど、中に入れたものをしっかり保護するために、いい薬剤を使っている。  きっとこれを作らせたのは上流階級の家あたり。防水じゃないから、屋内で何かを保管するために……。貴金属類、には大きすぎるか。恐らく特別な日に着たりする衣服などを保管していたのだと思う。うん、悪くない宝箱だ。  三等級と宝箱としては、申し分ないぐらいにしっかりしていた。  きっとダンジョンの中に運び込まれるまでは、大事に使われていたんだろうな。  ひとしきり眺めて吟味(ぎんみ)した後に、そこに毛布を敷き詰めて、片足ずつ中に入る。 「……うん、スペースは十分ね。これなら、中で横になっても大丈夫そう」  お気に入りの枕も入れて、一度横になってみる。  これといって閉塞感は感じない。風が少し通るけど、寒くはない。  木目がうっすらと浮かび上がる横板がいい味を出していた。  手を伸ばして触れてみると、薬剤の染み込んだ柔らかい手触り。質の悪いものだと、木の繊維がささくれ立って、とてもじゃないけど撫でることなんてできない。 「なかなかの一品……。これなら、今日もぐっすり眠れそう。ねぇねぇ、チェシャ。どう、これ? とても良い感じじゃない?」  起き上がって、この喜びを共有しようとチェシャに呼びかけるも、さっぱり理解できないというように呆れた顔をされた。 「……毎回、新しい箱を手に入れる度に寝床が変わったら、落ち着かないだろうに」 「何言ってるの! これがいいんじゃない!」  やっぱりこの楽しさは分からないか。残念……。  チェシャ用に、もう一つ部屋に置いてあげてもよかったのに。  宝箱を追い、宝箱を集める冒険生活。こうして箱の中に収まっていると、なんだか落ち着く体質になってしまった。入ったことのない箱があると、一度はその中で眠らないと気が済まない。 「それじゃあ、おやすみなさい。また明日もよろしくね、チェシャ」 「……あぁ。おやすみ、アリス」  そうして私は、宝箱の蓋をゆっくりと閉じた。締める時にも蝶番(ちょうつがい)が軋むこともない。中が一気に暗くなり、そうして鍵穴から入ってくる僅かな月明かりだけが光源となって、ほのかに自分の身体の輪郭を浮かび上がらせる。 「はぁ……落ち着く……」  この生活も長いけれど、楽しいことも、大変なこともあるけれど、そこまで嫌いじゃない。いつか、私をこの世界へと運んでしまった宝箱を見つけ出さないといけない。  ――けれど、もう少しだけ。もう少しだけ続けても悪くはないかな。  明日は図書館に新しい本が入ってくるらしいから、翻訳の仕事もしに行かないと。そういえば、王様も近々顔を見せに来てくれって言ってたっけ。  なんだか忙しない毎日だけれど、チェシャと二人ならきっとやっていける。  この私、紅月亜里珠(こうづき ありす)――もとい、アリス・マルールの、異世界(ワンダーランド)の旅の案内猫。頼れる私の相棒。手先が器用で、力が強くて。いつもピンチになると助けてくれる黒猫の亜人(デミグランデ)。 「いつもありがとう、チェシャ……」  部屋の真ん中にあるソファの上で、彼が丸まってる姿を想像しながら小さく呟いて。私は――職人が丹精込めて作った宝箱の中で眠りに落ちた。 ―――――――― ~本日の成果~ ウェリトン地方で作られた三等級の良品。 特別な衣服などの保管を用途に作られた宝箱。 大きさ ☆☆☆★★ 装飾  ☆☆★★★ 通気性 ☆☆☆★★ 安心感 ☆☆☆★★ 寝心地 ☆☆☆☆★ ――――――――
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