小侍さんは妻を愛してる

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 昨夜は久しぶりに同郷の幼馴染、小侍 大樹(こさむらい たいき)と飲んだ。俺は、小侍 駿(こさむらい しゅん)。同じ姓だけど、親戚ではない。  俺達の故郷の集落は宮崎県のとある場所にある。ほとんどの者が小侍という、珍しい姓を名乗っている。  その昔、俺達のご先祖様達は、主君のために体を小さくし、小さな侍となって、どんな場所へも侵入し命を懸けて戦ったそうだ。皆、修行を積み、務めによって体を小さくしたり、元に戻したりしてより有利に働いたらしい。  しかし、万が一、怪我を負ってしまうと、小さくした体を元に戻すことができない。そうした者達が逃げ延びて住み着いたのが、俺と大樹の故郷の集落だ。  時代は移り変わったが、俺達にはご先祖様と同じ血が流れている。村を出るまで、修行は当たり前のようにしていたものだ。  昨夜は、居酒屋だけでは物足りなくて、金曜夜だからいいだろうと、大樹のマンションで飲み直してしまった。大樹はまだ独身だが、俺は結婚2年目になる。妻の舞には、メッセージをちゃんと送った。 「ごめん。酔っぱらった。大樹のとこ泊まっていい?」 「もちろんいいよ。久しぶりに会ったんだから、楽しんできて」  舞ちゃんと大樹は面識がある。舞ちゃんは理解があるのだ。  だけど、俺が小侍という姓のとおり、小さな侍になれるということは、妻には秘密にしている。なぜなら、秘密を知ったら、気持ち悪いとか、バケモノとか言われて離婚されちゃうかもしれないだろ。俺は、妻を愛しているから、彼女がいなくなったらきっと死んでしまう。  情けないって? だけど、本心だからしかたないんだ……  昨夜は、俺も大樹も相当酔っぱらっていた。  大樹はクローゼットの奥からごそごそと何かを引っ張り出してきた。 「駿、ほらぁ、じいちゃんのだぞぉ~」 「はあぁ?」  見ると、それは大樹のじいちゃんの羽織袴だった。 「防虫剤の臭いプンプンするな」 「まあな。ずっと、保管してるから」 「こっち持ってきても使わないだろ?」 「実家の俺の部屋に置いてたら、小侍たるもの、いざという時のために備えとけだと。じいちゃん、うるさくて」  俺は大樹のじいちゃんの顔を思い出し、ケラケラ笑った。  すると、大樹が、せっかくだから着てみろと言い出す。酔っ払いの悪ノリだ。「うわっ、みじかっ」なんて言いながら、俺はその羽織袴を纏ってみたのだ。俺の方がだいぶ背が高いから、袖も袴の丈も短かった。ははは。
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