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衝立の後ろ
「いとさんいてはる?」
「いるえ。」
衝立の後ろから女中の声が聞こえてうちは返事をした。
「文が届いてはりますけど。」
「なんや、言うたやろそんなん捨て。うちはいらんさかいなあ。」
家は燃えて焼け出された。父さんは死んでしもうた。うちに残ったのは女中達、下男たち、丁稚奉公から帰ってきはった兄さん。
「ええんですか?いとさん。」
「ええて言うてるやろ。捨てておしまい。」
寺に逃げてきてからうち宛に文はよく届く。せやけど、興味はあらへん。読んだこともあらへん。
「へえ」
女中はいそいそと去っていった。
ふと、膝の上に目を落とした。
「なんや、まだ寝てるん?」
ついと、指で頬をつねると、くすぐったそうに眉を顰めた。
あのひ、あの夜。あの長屋は燃えた、ああ、ちゃうな。うちが燃やした。かまどの火を借りて、ちっとばかし柱に火をつけたらようき燃えた。父さんはあわてよって、ころけて頭うってぽっくりいってしもうた。怖うなってお陸を呼んだらお陸は火からうちを抱き上げて、みんなを連れて逃げた。
──あの火、うちがつけたんやで
──は・・・?
あん時のお陸の顔が忘れられへん。
──いとさん、大丈夫、うちが守るさかい、心配せんで
そう言ってうちを抱きしめた胸の柔らかいこと、暖かいこと。
──うちらは共犯や
薄紅の唇が艶かしく弧を描いたのが忘れられへん。
「なあ、お陸。」
──恋をしたのはいつやろか
いつやろ、そんなん忘れてしまったわ。うちはそっと膝の上で眠るお陸を抱きしめた。
「あんたが大切やわ。」
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