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都心の公園でホームレスではなくスーツを着てステッキを持った八十五歳の老紳士二人が凍死したという報道は連日流れ、普段はワイドショーを全く見ない私も食い入るように見た。
老人ホームに外泊許可をもらい、公園近くのホテルにチェックインしたあと夕方に出かけたままだったという。
どの番組も大体似たような見解で、ティッシュで作った「こより」をいくつもの木の枝に結んで公園の中心をぐるぐる歩いた痕跡があることから、視力が落ち、公園の外の光が見えず、聴力も衰えて外の音が聴こえなくて山の中で迷った状態と同じような事だったのだろうという解説だった。
しかし二人の顔写真を見て私はその解説は違うと確信した。
この二人は私が魔法学校にいた頃の鬼教官だった。猫の目の瞳孔の大きさ形から時間を知る方法や、後ろ手に縛られ魔法スティックを使えない状態からの脱出など血が滲むほど叩かれ覚えさせられた。
その二人が老人になったとはいえ、公園の中から出られずに死んだということは考えられない。何かを探しているうちに疲れ切って凍死してしまったのだろう。
生命の危険を顧みず探していた物とは。最後の任務が来たのだろうか。
彼らと同じホテルにチェックインし、人のいない深夜に私はその公園に向かった。充分に着込み、カイロを幾つも懐に入れ懐中電灯を手に公園を歩いた。あの日は都心でもマイナス三度まで下がっていたが今夜はだいぶ暖かい。十度くらいだろう。二人は運も無かった。
ティッシュのこよりを道標に何周か歩いて気がついた。こよりのある木の幹の裏、遊歩道側ではない地面に小さな穴が開いている。おそらくステッキで押したのだろう。落ち葉を避けると幹からおよそ二メートルの距離に幾つも開いている。こよりはこの木の周りは調べた、という印だろう。
鬼教官だったが彼らのおかげで私は幾つもの窮地から生きて帰ることが出来た。尿漏れパンツを履いている私もいずれ、体が動かなくなれば老人ホームに入る事になるだろうが、私は一人だ。仲間がいた彼らが急に羨ましくなった。
何十本目かの木の裏側を傘の先端で指している時「カチッ」と音がした。傘でその硬い部分を撫でるように押していると直径十センチくらいの丸い金属が見えてきた。地面からわずか五センチほどの深さに円形の薄いアルミの板が埋められていた。恐る恐る取り出すと、細いワイヤーが引っ掛けられていて十五メートルほど引き出したところで止まった。ワイヤーには一メートルほどの間隔で輪っかがついているのでそこを握りしめて引っ張ったが力が入らない。ふと頭上を見上げると太い木の枝がある。アルミの板を投げて枝の上からワイヤーを垂れ下げさせると、輪っかの意味が分かった。
ワイヤーを掴み、輪っかに靴先を入れて体重をかけると沈むと同時に土の中から何かが上がってくるのが伝わる。何度か繰り返すと、尖った円錐形の金属の容器が出てきた。それほど大きくない。幅三十センチ、高さ六十センチほどだ。重くないので金塊のようなものでは無いだろう。札束でも無いはずだ。銀行があるのだから。爆弾か。まさかエロ本の類ではと、ドキドキでは無く何故かハラハラしながらフックを外して蓋を開けた。
ビニールの袋に包まれていた物は何枚かの服と鞭だった。
何故これをこうまでして隠す必要があったのか。頭の整理がつかないまま容器を土に埋めなおした。なるほどよく考えられている。出すも埋めるもスコップが要らない。
ホテルに戻りビニール袋の中の服と鞭をベッドに拡げた。革製の黒いタンクトップと真っ赤な短いスカートにアイマスク。セーラー服とメイド服。使いかけの赤いろうそくが三本。
これらを探して彼らは命を落とした。八十五歳、死ぬ前にもう一度このプレイをやりたかったのだ。さぞかし無念だったろう。
老人ホームの部屋のタンスにしまうと死んだ後に見られてしまう。二人だけの秘密。
缶ビールを飲み、どちらが女王様で、どちらがメイド服を着ていたのか考える。全くイメージが湧かない。
もう一本缶ビールを開け私は服を脱いだ。履いてみようと思ったのだが尿漏れパンツに引っ掛かり上手く履けないので、全裸でメイド服を着てみた。鏡を見るとなんともおぞましい姿だ。
シャワーを浴び、バスローブを着てコンビニで買ったチーズと赤ワインを口にした。カーテンを開けると空がうっすらと青く明るくなってあの公園が見える。彼らは私の行動をどこかで見ているのだろうか。
「穿くな!」か。いや「後を継げ!」か。酔いが回った頭に川柳が浮かんできた。
鞭打たれ たるんだ皺に 笑みの跡
冥土への 土産話しは メイドかな
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