優しいあなた

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「おはよう。今日寒いね」  下足でウミちゃんを見かけたあなたは、靴を履き替えながら何気なく声をかけた。ウミちゃんは気まずそうについっと目を逸らし、短いスカートを翻し駆けて行った。あなたは首を傾げた。  次の日もまた次の日も、ウミちゃんはあなたと目を合わそうとはしなかった。代わりに、粘度のある視線と嘲笑が、教室のあちこちから届くようになった。 「キモい」「ウザイ」  あなたに向かって、そういった鋭利な言葉を放ってくるのは主にマナちゃんだった。隣にはウミちゃんが寄り添っていた。 「キエロ」「キエロ」「キエロ」  マナちゃんが唱えるたび、あなたの視線は、あなたの声は、存在は、教室内で効力を失った。透明な暴力はいつまでも胸の内に留まって、内側からあなたをえぐった。あなたは、時々便器に向かってこっそり吐いた。  それでもあなたは、誰のことも責めなかった。なんとなく、あなたにはわかった。あなたを陥れてでもウミちゃんの気を引きたいマナちゃんや、何かが間違っているとわかっていて、それでも抗えないウミちゃんの気持ちが。  クラスの輪からすっかりこぼれ落ちたあなたは、窓の外に視線を投げた。一面に鈍色の雲が垂れ込めていた。それは、幼い頃病室から見上げた空を思わせた。小さな指先を、どちらからともなく差し出し繋いだ手の、その奥に流れていた確かな温もりを想った。
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