優しいあなた

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 絡み合うそれぞれの思惑から逃れるように、端の席で俯きがちに冷奴をつついていたあなたの向かいで、あなたと同じ角度で首を垂れ、おしぼりを畳んでいたのが原口さんだった。  砂浜で綺麗な貝殻を見つけた子どものように、あなたは、短く切り揃えられた彼の白い爪先に思わず見入った。  不意に視線を上げた彼は柔らかく微笑んで、手にしていたおしぼりをあなたに差し出した。 「ここ、お醤油垂れてるよ」  彼が指し示す先を慌てて確かめると、あなたの白いブラウスの胸元に、何かの印のように茶色い染みが広がっていた。  おしぼりを受け取る時、微かに指先が触れ合った。強すぎる冷房に二の腕を粒立たせながら、けれど体の芯が熱く(たぎ)るのをあなたは感じた。子供じみた失態への羞恥と、湧き上がる衝動に頬を染めながら懸命に染みを拭った。  あの綺麗な貝殻に、もっと触れてみたいとあなたは思った。この会に参加したことへの後悔が今、はっきりと萎んでいった。
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