5人が本棚に入れています
本棚に追加
酒臭い吐息が充満する車内で、二人はほとんど黙り込んだままだった。隣に立つ原口さんの指先が、今にも触れそうな近さにあった。自然とそこへ寄せていく意識を剥がし、あなたは、外の闇に視線を向けた。窓ガラスに映る顔には色が無く、まるで病人のようだった。
あなたはウミちゃんのことを想い、同時に、自身の幼少期に心を飛ばした。病弱だったあなたは、ことあるごとに体調を崩しては入退院を繰り返していた。
消灯後のベッド上に押し寄せるあの、途方も無い心細さを、今でもあなたははっきりと記憶している。大好きな水族館で買ってもらったイルカのぬいぐるみにしがみつき、あなたは、闇が去るのをひたすら待った。
「行かないと」
衝動的に、あなたは口走っていた。原口さんが首を傾げ、あなたの顔を覗き込む。
「どこに?」
「ウミちゃんのところに」
今頃きっとウミちゃんは、冷たいワンルームの真ん中で、布団に包まっているのだろう。その、華奢な背中を震わせているのだろう。あなたの脳裏に立ち現れる想像上のウミちゃんは、なぜだか幼い頃の容姿をしていた。
教室の隅で俯いていたあの頃のウミちゃんは、どことなく、わたしに似ていた。
最初のコメントを投稿しよう!