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それを聞いたためなのか、彼は「うん?」と言って小首をかしげた。だけど、すぐにふっと口元を緩められていた。
「いや、あんたに謝られることはない。……謝ってもらうのならば、あんたに婚約破棄を告げたあの男のほうだ」
「……そ、れは」
少なくとも、ゲオルグさまはそう簡単には謝らないお人だ。
そう言おうとして、私は微かな違和感に気が付く。
……このお方、今、ゲオルグさまのことを『あの男』呼ばわりされた。
(ゲオルグさまは、筆頭公爵家のご令息。正直、ほかの貴族じゃ太刀打ちできない……)
それくらい、このヴォルタース王国の貴族ならば一般常識とばかりに理解しているはずだ。
じゃあ、このお方は他国のお人? けど、なんだか知っているようなお顔をされているんだけど……。
(……それに、さっき久々に帰ってきて……って)
その言葉から推測するに、このお方はこの国のお人。それから、ゲオルグさまよりも身分が尊い。
さらにいえば、多分『帰ってきて』というのは『帰国』という意味。あと、なによりもこの恐ろしいほどに整った美しいお顔。
(も、もしかして――!)
一つの可能性が思い浮かんで、私の顔からサーっと血の気が引くのがわかった。
口をパクパクとさせて、彼を見つめる。彼は、私の言いたいことが分かったらしく、軽くウィンクを飛ばしてこられた。
「今は、黙っておいてくれ。……とりあえず、この場を離れよう。あんたも、これ以上注目されたくないだろう?」
「……あ、はい」
その言葉は間違いなかったので、素直に頷く。そうすれば、彼は「それでいい」とおっしゃって、私の手を取る。
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