ガルオ

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 僕は泥棒カンガルー。名前はガルオだ。    今日は絶好調みたいで、普段より多めに盗みができたから大満足。ポケットの中は美術品を中心に大量の盗品でパンパンに膨れている。    仕事を終えて、家に帰る途中なのだが、ポケットの中が重すぎるせいで困ったことになった。  疲労がピークに達して動けなくなってしまったのだ。  仕方ない。体力が回復するまで佇んでいるか。  ん? 急に、背後から光が! 懐中電灯か? 「ちょっと、そこで固まっている君!」  声をかけられたぞ。これは、まずい。 「はっ、はい!」  心臓がドキドキする。絶対、警察官だよ。 「俺は警察官のクマだ。君、怪しいな」  あぁ、やっぱり。上手く嘘をついて誤魔化さなきゃ。 「怪しくないです。綺麗な朝陽を眺めているだけですよ」 ……いけるか?  「おいおい、こんなに長いトンネルのど真ん中で朝陽を見ているヤツがいるか! 外の明かりが白い点に見えるくらい距離があるぞ。おい、両手を上げて、ゆっくりとこっちを向くんだ」  くそぉ! トンネルめ!   ここにトンネルがなかったら、このクマは「ほう、なかなか乙な趣味をお持ちですね。趣味を妨害してしまい、誠にすみませんでした。では、私はパトロールの続きをしますので、これにて……」と立ち去ってくれたはずなのに。  でも、仕方がない。過去は変えられない。冷静に対処するしかないな。   「すみません。向けない状況なんです」 「なぜ?」 「あまりにも、あの白い点が美しいので、感動のあまり身動きがとれないんです。あと1時間は眺める予定なので、僕を気にせず立ち去って下さい」  ほーれ、立ち去れ。 「さっきから、何を変なこと言ってるんだ、君は」     クマが懐中電灯を持って僕に近づいてきた。来ないでぇ。 「ん? なぜポケットがそんなに膨れているんだい?」 「子どもが入っているんです」 「子ども? ポケットから顔出てないけど。確か、カンガルーの子どもはポケットから顔を出さなきゃ駄目というカンガルー界のルールがあるんだろ?」  えっ? そんなルールあったかな? 「ええ。でも、うちの子、恥ずかしがりやだから」 「うーん、でも、子どもが入っているなら顔を出してあげなきゃ苦しいだろうに。それと、入っているのが子どもだけにしては膨れすぎじゃないか? 君とポケット、どちらがメインかわからないくらいポケットが膨れてるぞ」 「あ、子どもだけじゃなくて、ベビーカーも入っているからですよ」 「君……ベビーカーに子どもを乗せればいいじゃないか。一緒に収納しちゃ駄目だろ」 「いや、あの、ベビーカーを買ったのは良かったんですけど、使い方が分からなくて。なるほど、乗せるのが正解なんですね。勉強になりました」  まったく、しつこいな。このクマは。嘘を考えるのが大変だよ。 「おい、ポケットの中をチェックさせろ!」  何! 今、チェックって言ったな。このクマ、おそらく普段からパトロール中に好き放題チェックしているんだろうな。「チェックさせろ!」ってセリフを言い慣れている感じがするもの。  きっと、ポケットの中だけじゃなく、バッグの中、ヘルメットの中、口の中、耳の中などありとあらゆる場所をチェックしているんだろう。 「嫌です!」 「嫌です! じゃないから。……もう、わかってるよ。ポケットの中に入っているのは子どもでもベビーカーでもないんだろ? 君は泥棒なんだろ? で、ポケットの中には盗んだものが入っているんだ。俺はベテランだからわかるんだよ。正直に言いなさい」  もう駄目だ。こうなったら、無理をしてでも逃げるしかない。  僕は気合を入れて走り出そうとした。しかし、一歩踏み出した途端にバランスを崩して転んでしまった。  ポケットの中から、盗品が溢れ出す。 「一体、何なんだ、この美術品の量は! 君のポケットの中はアートギャラリーかってくらい入っているじゃないか!」  クマが喚く。  僕は地面に倒れながら、クマを見上げて考えた。  どうしよう? 何を言うべきだろうか? 「全部、僕が盗んだものです」  正直に言ったら、ポケットの中と同様に心が軽くなった。    (了)         
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