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SIDE.講師
春、今年もたくさんの生徒が入学してきた。
飛びぬけてかわいい子がいた。着ている服はいつもセンスが良くてスタイルがいい。それだけでとても目を引く。けれど、地元なまりがコンプレックスなのか、いつも下をむいて小さな声で話している。困ったようにわらう顔がかわいいけれど、時おりひどくさみしそうで心配だ。
彼は『息吹』といった。いまの季節にぴったりのなまえ。彼はどんな芽を吹いてゆくんだろう。二年間、見守るばかりの仕事だけれど、ちゃんと彼をみちびいて芽吹かせて巣立たせてあげることができたら。
ぼくは、希望のある彼らに生きてゆくための技をおしえる、このしごとがすきだ。
息吹くんは熱心な生徒だった。ぼくの授業は資格取得には直接関係がなくて手をぬく生徒も多い。とりあえずできればいい。けれど実践ではそういうことこそ大切になる。大きく育つための養分になる。
けんめいに伸びてゆこうとする息吹くんのちからになってあげたい。ひいきはダメだとよく知っていたけれど、講師にだってすききらいはある。せんせい、せんせいと慕ってくれる息吹くんはかわいかった。
課題の評価が悪くて落ち込んでいる姿がかわいそうで、ひとつ、キャンディをあげた。ありがとうございます。とつぶやいて、ぎゅっとキャンディをにぎった長くて形のいい指。つきん、とこころが痛んだ。
ひいきどころじゃない。一生けんめいですこし危なっかしい息吹くんを見守るうちに、すきになっているんだと気づいた。
夏、息吹くんが特別になった。
ぼくのおもいちがいでなければ、息吹くんもぼくを特別に慕ってくれている。懇親会で間違えて酒を飲んで酔った息吹くんを介抱したとき、彼はぼくをすきだと言った。酔いだけじゃない、赤くほてったほほで、訴える瞳で、まっすぐにぼくを見てすきだと言った。
ぼくが人目を惹く容姿をしているという自覚はあるし、講師という職業上それも最大限利用することにしていた。だからか、単位が欲しいだとか評価をあげて欲しいとか、単純にセックスがしてみたいだとか、ぼくに下心ですきだとつげる生徒は少なからずいて、正直それに辟易していた。
けれど、かえって息吹くんみたいにまっすぐな好意を向けられることはほとんどない。憎からずおもっている息吹くんにおもいをつげられて、理性の箍がゆるんだ。
長くてきれいな指にふれてみたかった。指にふれたら、だきしめたくて仕方なくなる。もっとふれたくて仕方なくなる。見守るだけだと言い聞かせていたきもちが、一気にあふれた。
なんども止めようとおもった。ぼくが結婚していることもつげようとおもった。けれども、息吹くんを前にしたら、初恋の中学生のようになにもいえなくなった。
ぼくは、ずるい。
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