《二年目》

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SIDE.息吹  二月、さいごの雪が舞った日、せんせいと別れた。  せんせいと朝陽、しあわせになるためにどちらの手をとるべきなのかはわかっていた。初めて恋した相手に未練があるだけなのかもしれない。それでもせんせいとつながっていたくて、別れをきりだせない俺に、せんせいは一枚の写真をくれた。  今更だけれどしあわせになってほしいとわたされたそこには笑顔の俺。背景はボケていて、いつどこで撮ったのかもわからない、撮られたおぼえのない写真。一緒に写っていたキャップに見覚えがある。朝陽のおきにいりのキャップだった。せんせいと別れても、いつまでもたちなおれない自分に落ち込んだ。  そうして気がつけば、朝陽が俺にふれることもなくなっていた。朝陽からは去年の夏に一度だけ、すきと言われた。それからなし崩しでセックスするようになったけれど、それからすきとは言われない。そんなに重い意味はなかったのかもしれないし、もしかしたら今はもう他にすきなひとがいるのかもしれない。  どうして朝陽がいつまでも、俺をすきでいてくれるなんて思ったんだろう。  はっきりしない関係であまえて、いまごろになって朝陽をおしいとおもっている自分が嫌だった。  春、うみに行った。  卒業式が終わり、あと数日で引っ越すという日。あけがた突然やってきた朝陽につれられて、なんだかわからないままうみにきた。始発の電車できたうみはうっすらと明るくて、それでいてとんでもなく寒い。 「さすがに……、非常識だとはおもわないわけ?」  波のおとを聞きながら気持ちばかりの堤防に立って言った。 「どうしても息吹ときたくて」  悪いなんてかけらもおもっていない返事。自信があって前向きで、そういう朝陽はとんでもなく頼もしいし、本当は早朝からこんなふうにふりまわされるのだって、ちょっと楽しい。  電車でみていた深いあいいろのそらは、水平線のきわから萌えるようなオレンジいろになっていた。波のおとにせかされて刻一刻とかわってゆくグラデーションに、ただみとれる。こんなふうにそらをみるなんて、ずいぶんと長いことしていない。  ひとつ、ひかりが筋にさして、そこから日がのぼる。みるみる明るくなってゆくせかいを、こごえるのも忘れてみいる。朝陽はそんな俺のそばをはなれて、砂浜を歩きだす。 「息吹!」  ふりむいた朝陽が、波のあいまになまえをよんだ。ずっとつづく波のおとに声がかきけされそうで、砂にあしを沈ませて近づいた。俺をみつめている朝陽まであと五メートル。 「すきだよ」  波おとにまぎれてそう言った朝陽がせなかをむける。聞かなかったことにもできる距離、けれどおいかければ手のとどく距離だった。そのまま歩きだした朝陽をあわてておいかける。  緊張した背中にどんと体当たりをして、朝陽の手に指先をからめた。朝陽の手はいつでもあたたかかったのに、いまはつめたい。指が少しだけまよって、それから俺の手をにぎりかえす。 「あー…、何はなそうっていろいろ考えていたんだけど、いざとなったらなんにもでてこないのな」  かっこわりぃとつぶやいた朝陽をみると、朝やけのせいじゃなくて耳があかい。それがさっきのことばが、本心なんだと知らせてくれていた。つないだ手を朝陽がもちあげる。 「これさ……、俺のこと、えらんでくれたっておもっていいの?」  そう聞かれて、うんとうなずく。 「もう、先生がいいって言っても、帰してやれないけど」 「……知ってるの?」  朝陽がせんせいのことを知っていることにおどろいた。 「あのひと、大学の臨時講師で」 「……そっか、そうなんだ……」  知っていて、それで待っていてくれたんだろうか。そうおもったらうれしさと、申し訳なさがおそってくる。 「俺のなまえ、朝陽って言うんだ」 「……うん?」  急な話題転換にぽかんとする。 「母親が夜がきらいでさ、すごい心配性なの。夜っていやなこと考えちゃったりするだろ? なのに朝になるとぜんぶ、そんなのどうでもよくなっちゃうじゃん。びっくりするくらい前向きになれるからって、それで朝陽ってなまえにしたんだって。だからさ、前向きになりたいときは朝日をみることにしてんだ。  ……息吹も、元気になった?」  うん。と答えて、指の先にちからをいれる。朝陽と朝陽のお母さんの言うことがよくわかった。朝日と朝陽のおかげで、昨夜までの後ろむきな考えなんて、夜が明けるみたいにどこかに飛んでいってしまっていた。 「朝陽のおかげ」 「よかった」  そう言って、朝陽があしもとの砂をける。こどもみたいなしぐさだった。それから、おもいきったように言葉をつむいだ。 「……そしたら、さ、俺と付き合ってよ。もし辛いことがあっても、息吹と一緒に笑っていられるように、俺にそばにいさせてほしい、……です」  とってつけたような、です。におもわず笑って、はい、と答えた。 『また、一緒に朝日をみにこよう』  そう約束をして、僕らは手をつないだまま朝の砂浜を歩いた。
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