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SIDE.講師 「このひと誰? 生徒さん?」  そう聞いた妻の手には古い彼の写真。専門学校の講師とセミプロ写真家、その肩書きは今日からひとつ外れて写真家だけになる。といっても写真の仕事があるからではなくて、定年で講師をやめたから。  その写真は、講師時代の唯一のこころのこりだった。誰も裏切るつもりはなかったけれど、かぞくを裏切って彼を傷つけた。だけどほんとうにすきだった。残ったのはそれだけだけれど、あれが最後の恋だったとおもう。  証拠のようなその写真は、何度も捨てようとして、結局ずっと手元に置いたまま二十年以上が経っていた。 「生徒じゃないよ。たまたま撮っただけなんだけど、いい笑顔だろう」  気に入ってるんだ、と写真を受け取って、カメラバッグの中にひそませる。  そうしてまたぼくは、写真を捨てそびれたのだった。
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