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海斗が家に来て、どのくらい経ったのかは数えていない。海斗は俺の家に住んでいるし、俺達は何度も体を重ねている。
好きだと言ったのは初めて身体を繋げた日の一度きり。それ以降はなにも伝えてはいないし、あの幻聴も聞こえてはこない。
夕飯の買い出しに行くと伝えると、彼も着いてくるというから、一緒に出かけた。
立ち寄ったスーパーで、手頃な野菜を見ていたとき、秀次とその恋人らしき人の姿が視界に入って、身体が固まる。
向こうが俺に気がついて近寄ってきて、なんだか吐きそうだった。
「久しぶりだな」
声をかけられて、思わず持っていた野菜を落としかける。
久しぶりに見た秀次は前となにも変わらない。違うのは、彼の隣には俺ではない他の人が居るということだけだ。
「上手くやってんだな」
秀次が弟である海斗を見て言う。
その言葉に含みがある気がして、どういうことかと尋ねた。
「話してないのか?」
「兄さん黙って」
秀次を睨みつける海斗。二人を見ながら戸惑う俺。
「お前が頼むから、電話したんだぞ?」
「兄さん!」
話が読めない。どういうことなんだ。
「俺はお前に恨まれても仕方ないし、謝りたいと思ってた。でも、弟のことはαだとか、俺の弟だからとかそういうの無しで見てやってくれよ」
秀次にそう言われて、ますます首を傾げる。
「話が読めないんだけど」
「弟に聞いてくれ」
丸投げされた彼は、眉を垂れさせて困った表情を浮かべていた。
秀次たちと分かれて、二人で家に帰ると、先程のことを質問した。
曰く、海斗は俺のことが好きで、たまたま兄の元彼が俺だと知った海斗は、秀次に俺とのことを相談した。恋人と同棲をしたかった秀次は、弟の手助けをする形で、俺に電話をかけてきた、ということらしい。
「ごめん……騙すみたいになってしまって……」
「……ちょっと整理させて」
海斗が俺と同じように思ってくれていたことは嬉しい。
でも、同時に怖いとも思う。両思いの先を知っているからこそ……怖い。
秀次と恋人さんの幸せそうな姿を見たからこそ、ますます恐怖は強くなった。だって俺はβだ。
「……俺……」
今の、ぬるま湯のように心地よくて、曖昧な関係のままで居たいと思うのは、我儘だって分かってる。
「ねえ、質問してもいい?」
彼が問いかけてくる。俺はそれに頷くことしか出来ない。
「……俺のこと、好き?」
ああ……、ずるいよ本当に。
「……好き」
涙が溢れてくる。だって、嘘なんてつけないだろ。好きなものは好きなんだ。
でも、怖い。好きだから怖い。
「俺も好き」
「っ、いつか好きじゃなくなるかもしれない」
「ずっと好き」
「運命の番が現れたら?」
「そんなの関係ないよ」
少しずつ距離が近づいていく。
唇が重なって、嗚咽が漏れた。
「俺、βだよ」
「βでもΩでも、なんでもかまわないよ。俺はあなたが好きなんだから」
角度を変えて何度もキスをする。
今までで一番甘いキス。
「愛してる」
俺もだよ。幸せすぎて、やっぱり怖い。でも、今は彼に身を任せたいと思った。
だって、αだけど、海斗は海斗だから。
それで今はいいんだよなきっと。
自分からも少しだけ境界を超えてみよう。
βだからなんて言い訳は捨てて、ちゃんと海斗と向き合いたい。
「俺も愛してるっ」
end.
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