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心配と、目撃
「よっ、せーんせ」
「…よ、じゃないだろ川茂」
「おー機嫌悪いね、今日の授業んとこ訊きにきたんだけど…」
その先を言わずに、ただ見つめてくるだけのこいつが憎らしい。
それを言われてしまえば、いくら授業には絶対参加しない不良生徒にも指導しなくてはいけない。
川茂 霧夏は俺の勤務する高校の1学年に在籍する、不良生徒だ。
制服なんて着てるとこは一度も見たことがないし、真面目に授業を受けているところも然り。
どころか学校にさえ来ない日もある川茂は、サボりの常習犯であるのに、あの日からはなぜか毎日学校に…俺に会いに来る。
あの日、体調不良がピークに達し、帰る途中で電車をギブアップして小さな駅に降りて。
そうしたらそこで見事に気を失い、あろうことか生徒、それもこいつに介抱されて、本性を知られた。
それからというもの川茂は学校に来るなりここ、俺が根城にしている旧校舎の空き教室に、当たり前のように出入りするなった。
俺なんかと一緒にいて何が楽しいのか、つか俺が緊張するからマジでやめてほしい。
何せこっちは秘密を知られてるんだ、いつどんな形で脅されるか気が気じゃないってのが本音。
せっかく1人でゆっくりストレス解消できる部屋だったのに、今更だが自分の失態を恨めしく思う。
「あ、ほらこれ。せんせーにあげる」
「ん?ヘアクリップ?」
「前髪、俺の前では上げてくんない?ずっとそれだと、目ェ悪くなるよ」
「余計なお世話だ、ちゃんと見えてるし」
こうなってからの方が長いんだ、今更前髪上げて落ち着くわけない。
こいつに贈り物されて、見返りに求められるものの方が怖いからな…
バイト詰め込んでるみたいだし、「現金貸して」とか言われそう。
あ、そう言えばあの時のお礼で「何か奢る」っていうのまだ果たせてないな…
「川茂、今度の休日に約束を果たすから時間空けとけ」
「ん?約束なんかしたっけ」
「その…この前の礼に何か奢るって」
「あーそれはせんせーの腕から抜け出す口実、せんせーってば熱烈なんだから」
「な……」
それはお前が日頃から信用されないような行動を取ってるからだろ、なんて。
俺はそれを言える立場ではないし、言ったところで何ムキになってんのと笑われるだけだ。
挙げ句の果てにはいつもみたいに可愛いって…いや、何考えてんの俺。あれには屈辱しか湧かないはずだろ?
「と、にかく、俺の中ではもうその予定だから、お前が合わせろ」
「えぇ、暴君…分かったけど、来週じゃダメ?」
「今週はもう詰まってるのか」
「まあね。あっ今日これつけてくれたらそんな面倒なことしなくていいよ?」
「却下、ほらペン持て」
えーとかうーとか唸ってるこいつは、俺にとってリスクの塊みたいな人間だ。
言動はチャラいし、何考えてんのかイマイチ分からないし。
のに、こいつといると余計なことを考えなくていいから楽だ。
それは本性を知られているから、今更隠さずにありのままでいられるというのも多少はあるが…
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