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ピーンポーン…
インターホンの音が中から聞こえないくらいに広い家、完全な防音。
その家の前で十数分待ってみるも、中から誰かが出てくる気配はない。
たまたま家を知ったからって図々しく押しかける教師ってどんなだよ、と思いはするが、心配は心配だ。
「週末に入っている予定」が、もしいつものバイトじゃなければ、定期的に来る不調を察してのことかもしれない…は流石に考えすぎか。
「今日は帰るか…」
いたとしても本人に出る気がないなら意味がない。
虚しくも一人言ちて、立派な玄関に背を向ける。
川茂の両親はすでにこの世にいない。
どちらも高名な医師だったが、川茂が中学に上がる前に事故で他界している。
残されたのはあの立派な家と、莫大な保険金。だが、川茂はその金に一切手をつけず、両親の職場に丸ごと寄付したらしい。
つまり、川茂自身の生活費や学費は自身で稼いでいると言うことだ。その生い立ちから考えると、バイトをしていることに納得はできるが…
問題は川茂自身の身体や心を労わる人が誰もいないということ。俺が言うのもなんだが、高校生の今から働き詰めでは身体も心も壊しかねない。
素行不良で碌な友達もいないから、気にかけてくれる人なんてほとんどいないだろう。
だからと言って俺に何ができると問われれば、してやれることはほとんどないのだが…
「?川茂…?」
川茂がバイトをしていると言う噂は校内では聞かない。
あの日も駅で介抱されたわけだし、一駅か二駅か離れたところで働いているのは確かだ。
でも、駅四つ分も離れたここで、治安の悪い我が家の近くで、一体何をしているのか…
そこでは頭ひとつ飛び出た川茂を、数人が取り囲んでいるようだった。
周りが何やら言っているようだが、川茂はダンマリを貫き通しているらしい。
経験上、それでは相手を逆上させるだけだと知っていたから、早足でそこに近づく。
「…なりしてんなら、それなりに遊んでんだろ?なあ、親の脛齧っていい思いしてさ。千円の一枚や二枚安いもんだろ」
「…ふくっ、いやぁ、お兄さんたち頭悪いな。これが親の金なら、尚更渡さねーよ?だって今お兄さんが言ったように、親が一生懸命働いた金だもん」
アホ川茂、反応してんじゃねーよ。
それも最悪な煽り文句だし…あーまた転勤か。
「は?何生意気言ってんの?黙って金出せばいんだよ」
「じゃあ奪ってみなよ、なァ?」
「っやるぞお前ら!」
「はい、ええ、そこで喧嘩してて…怖くて家に入れないんです…はい、お願いします」
「っやべえ!サツが来るぞ!このおっさんマジで許さねー!」
川茂に殴りかかろうとしてた5人は、俺に標的を移したようだ。
あんまり手汚したくないんだけどな…生徒のためだし、いっちょやるか。
その川茂と言えば呆けたようにこっち見てて、いつもの生意気な余裕なんて微塵も感じられない。
あー昔みたいに身体動かねえな、唯一の武器は力だけか。
身体が重くて脚が上がらないし、動きも鈍い。本当につくづく病気なんてするもんじゃないと思う。
てもまあ、条件反射と筋力は鈍ってないから、こんな雑魚どもくらいすぐに片付く…って全部やったら意味ないか。
「2度とこの辺に近づくな、分かったか?」
「っは、ぃ…」
「面倒だからこいつら連れて帰れよ。あと、恥ずかしくて誰にも言えねえだろうけど一応な」
唇の前で人差し指を立ててやると、残ったそいつは、何度も頷いて、仲間を引き摺りながら帰って行った。
その後ろ姿が消えた途端、世界がひっくり返ったような感覚に襲われ、思わず目を瞑ってその場にしゃがみ込む。
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