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今夜生徒指導を拾う
「ん…疲れた……」
最寄りの小さな駅で、現実逃避気味に呟いてみる。
バイト終わりの疲れきった体で、この現実をどうやって受け入れろと…
生徒指導とは名ばかりの、完全に生徒に舐められている古典教師、佐野 波留が、なんでこんなとこで寝てる…?
素通りしたい、でも明日の朝までいられると困る…声だけ、声だけかけて、さっさと帰ってもらおう。一応フード被って…
「佐野、おい起きろ。こんなとこで寝てんな…って」
なんでこんな熱い?
つか、今真冬だぞ。こんなとこで寝てたら…
…あーこれ、思ってたより面倒かも…うわ最悪。
佐野は確実に発熱してる。
どんな経緯でここに寝てるのかは知らないが、救急車を呼ぶのは面倒だ。
となれば俺の家に持ち帰るしかないわけだが…せめて自分で歩いてほしい。
「佐野、おいっ起きろって」
「ぅ…んん……あ?なに……」
「佐野さぁ、こんなとこで何してんの。起きれるか?」
「…川茂?」
「そ、アンタ学校外では雰囲気変わるのな」
「っ……」
おっと、これ触れない方が良かったやつ?
一瞬にして青褪めた佐野は、半開きだった目を見開いて、俺を見ている。
いつも目を覆っている前髪がさらりと流れて、勝気そうな目と、眦に縦に走る傷が見える…昔おいたしたのかな、なんて訊ける雰囲気じゃないな。よし、じゃあ見なかったことにしよう。
「ほら、俺ん家すぐそこだから歩けよ」
「……」
佐野から目の焦点をずらしながら手を差し伸べると、しばらくの沈黙の後、熱い手が恐る恐ると言ったふうに重なってきた。その細い、しなやかな指にしっかり自分のを絡め、まずはゆっくり引いて上体を起こしてやり、視界の端でちらっと様子を窺う。ちょっと眩暈があったのか、顔を顰める佐野が落ち着くのを待ってやって、さっきよりも強く手を引っ張り、体を立たせてやる。
「キツくなったら言えよ」
「っう……」
頭痛も眩暈も、多少は我慢してもらわないと、俺もそんなに優しくないから。フラフラとした足取りで、時々呻き声を上げていた佐野は、それでも家に着くまで、足を止めなかった。
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