わだかまり

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 彼は猛スピードで車を運転していた。道路は二車線だった。他の車をジグザグに抜かしていった。やけっぱちだった。  彼は左へハンドルを切った。車は道をそれて、脇の原っぱへ突っ込んだ。  彼は思い切りブレーキを踏んだ。ブレーキはきかなかった。車は走り続けた。目の前は石の壁だった。  彼は左へハンドルを切った。車は左へ急旋回した。正面はガードレールだった。ガードレールの向こうは崖だった。  車はガードレールへ追突した。突き破った。崖下へ落下していった。地面へ激突する寸前、彼は目を覚ました。  彼は駅のベンチで居眠りをしていた。目の前に電車が停車していた。  電車の扉から黒ぶちのメガネの男の子が顔を出した。野球帽をかぶっていた。  男の子は眉をしかめ、目を細め、鼻の穴を大きく開き、歯を剥き出しにして、睨むような表情で、ぎっと、改札の方を見た。ぎっと。そこには、わだかまりというものがなかった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!