会えないのなら、信じない

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 研究棟の一階に降りて外へつながる扉を開けたとたん、ひゅうっと冷たい風が吹きつけた。マフラーも持ってくるべきだったと後悔しながら、身震いをひとつして外に出る。  キャンパス内は人通りがまばらで、点在する植木の周りを囲むように備えられたベンチには、寒さのせいかひとっこひとり座っていない。その一つに腰掛けた。 「寒いから早く戻りたい」  ぼやく私に、宮くんはすがりつくような目を向ける。 「そう言わず、力を貸してくださいよ。こんなん憑いてたら帰れないし」 「どうして?」  宮くんはへへ、と笑いながら鼻をかいた。 「俺、彼女と同棲してるんすよ。あ、舞香(まいか)っていうんすけど。いやあ、かわいい彼女のいる部屋に悪霊なんて連れて帰ったらだめでしょ」  私はもう一度、宮くんのうしろの霊体にチラと視線をやった。 「ふうん。悪霊だと思ってるんだ」 「え、だって、黒くてやばそう」 「宮くん霊感まったくないんだっけ」 「そっすね、これまで生きてきて一回も見たことなかったっす。だから霊感研究者の片山さんに聞こうかなと思って」  耳慣れない呼称を訝しく思い、私は眉をひそめた。 「霊感研究者?」 「片山さんって、自分の霊感を科学的に解明したいから研究職やってんすよね?」  見当違いな分析に、乾いた笑いが漏れた。 「なにそれ。誰か言ってたの? そもそも私は技術補助員だから自分の研究はしない立場だし。それに――自分がどんな状態か、知らないほうがいいことだってあるでしょう」 「そうすか? せっかくそんな体質、検証してみると面白いすよぜったい」  以前同じようなことを言った恋人の顔が、脳裏をよぎった。 ――僕が仮説を立てるから、君が検証してみてよ。  霊が見えてげんなりしていた私を元気づけるように、彼は笑ってそう言ったのだ。  私は目の前の宮くんに彼を重ねて、諭すように言う。 「仮説は立てたけど証明なんてできないわ。個人の感覚は再現性がないから科学になり得ないもの」 「まあ、そうすね。でも今の俺には片山さんの経験則でも必要すよ。どんな仮説なんすか?」  彼の仮説は、霊に悩まされていた私を救って、いまの私を追い詰めている。恋人のセリフをなぞるように私は口にした。 「人は自分の思いを表現するときに、いろんなアウトプットができるでしょう。声に出したり、文字や絵に書いたり。それと一緒で、霊体は人の強い思いがアウトプットされたもの。私にはその霊体を見る機能が備わってるだけ。そんな仮説よ」 「へえ、死ぬ直前になにかを強く思うから幽霊になるってことっすか」 「死ぬ瞬間は強い気持ちが起こりやすいようね。でも生き霊だってあるでしょう。だから死者でも生者でも関係なく、誰かの強い思いが霊体になる。あなたを恨んでやるとか、あなたが心配だとか、あなたに会いたい、とか……宮くんは、身に覚えはある?」
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