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科学は信用できる。
科学では、実証可能な仮説を立てて客観性のある結論を導き出す。同一条件下では誰が検証しても同じ結果となる、再現性も必要だ。
昼時のため全員出払っている研究室で、実験の解析データをデスクのパソコンに転送しながら、私はひとり思い巡らせていた。
検証できない仮説は、科学的とはいえない。そんなもの私は信じない――
「片山さんっ」
背後から突然声をかけられて、私はビクンと肩を飛び上がらせた。おそるおそる振り返る。
私を見下ろしていたのは、ウェーブがかった茶髪からのぞく人懐こいくりくりの目。
「え、宮くん。なんでいるの?」
「なんでって、大学院生が研究室にいるのは当たり前じゃないすか。それより、片山さんに相談があるんすけど」
私は目の前でしゃべる宮くんをしげしげと眺めた。ダウンジャケットにゴツいグローブをはめたライダーのいでたち。宮くんは徒歩圏内にアパートがあるにも関わらず、アルバイトのある日はバイクで通学していた。
もともと私より五つほど年下のはずだけど、見慣れた白衣姿じゃないのでさらに離れて見える。若いよなあ、なんてぼんやりと見つめていると、宮くんが突然屈んで耳打ちしてきた。
「やっぱ見えますか? 俺に憑いてる黒いモヤ。片山さんって見える人っすよね」
いきなり耳元でささやくのはやめてほしい。ぞわりと鳥肌をたてながら、私は宮くんの背後を覗き込んだ。
黒いモヤと紹介されたソレも、私にはくっきりと見える。目にしたままの正直な感想を述べた。
「かわいいわね」
「げえっ、片山さん。幽霊なんてかわいいもんよ、みたいな感じすか? 霊感も長年持つと年季入るんすね」
二十代前半の男に、アラサーに突入している年のことを言われた気分になってほんの少し傷ついた。でも間違ってはいない。幼い頃から人には見えないものが見えてきた私は、いまさら死者に出会したところで怖がったり取り乱したりしない。
ため息をついて、白衣を脱ぐ。椅子の背にかけていたコートを手に立ち上がった。
「そろそろみんな帰ってくるし、こんなところで話せないから外に行きましょう」
「お、相談乗ってくれるんすね。まじ困ってたしありがたいっす。片山さん、実験以外だと優しいなあ」
「別に実験だって、手技が丁寧ならなにも言わないわ」
大きな声で話しながら廊下に出ると、通りがかった別の研究室の准教授に一瞥を投げられた。
これ以上変な目で見られないように口を引き結んでスタスタと歩く私のうしろを、宮くんが霊体を引き連れて付いてきた。
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