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第百二十三話
「だから俺は榊原が俺以上に紗和子を思っている、そしたら彼女を本当に幸せに出来るのは俺でなく榊原やと思い出して、余計に強くあの時は勧めたんや」
「それは紗和子さんも感じていたけれど半分は諦めやったらしいよ」
「何を諦めたんやろ」
「でも此の奥底には言い様のないものが泥のように溜まっている。それで心が沈んでしまったって言うてた」
心が重すぎるって言うんか。
「それで同意したのか」
みぎわは黙って頷いた。
「そやけど今頃になって急に蒸し返したんよ、それで紗和子さんはまだ迷ってるんよ、暫く考えたいって」
今度は物理的な重みに何処まで堪えられるかが正念場らしい。
「それで如何するんだ」
「暫く実家に帰ってどうするか考えたいって」
「どうするかって、まさかお腹の子供の事やないだろうなあ」
軽い気持ちで言ってみたが、みぎわにちょっと浮かない顔をされて背筋が寒くなった。室屋も怪訝そうにみぎわを見ている。榊原は案の定伏せっていて、それだけが僅かに心の中に平穏を齎していた。
「これはあたしの勘やけれど、こうして榊原さんがこんなに呑まはったんはひょっとして紗和子さんととんでもない話をしゃはったからと違うやろかと今思えてきたんや。療治さん、そこでお願いがあるんや、明日にでも実家に行って紗和子さんに会って欲しい。まだ今なら間に合うさかい上手く言いくるめて欲しいのや……、これがあたしの取り越し苦労ならいいんやけど」
と言いながらもその顔には、紗和子の苦しみを相当理解しているだけに、かなりの苦痛を伴っているのが読み取れた。それがみぎわが見せた波多野に対する無言の愛情表現だと素直に受け取ったようだ。
「この前は牧野のことで今度は榊原か」
波多野は暫くテーブルに伏してダウンした榊原を見て、分かったと言った。
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