第十三話・室屋多美

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第十三話・室屋多美

 療治は大学へは残り少ない講義を聴きに行くと云うより、会いもしないで話だけ聞いて、みぎわの理想じゃあ無いと決め付けた室屋多美を探しに行った。  通い慣れたいつもの大学の階段状になった広い講義室から周囲を見渡せば、ニキビ顔でみぎわの代返をしていた子を見つけた。それからは講義そっちのけで彼女を観察した。  彼女は講師の言葉をまるでお題目を唱える弟子のように熱心に聞いている。周囲を見渡せば彼女のタイプと、本であくびを隠している者、果ては瞑想を装って半分以上は病魔を相手に、単位と謂う勝利を求めて闘う戦士だ。これらの悲喜こもごもとした葛藤に終止符を打つチャイムが鳴り響くと、みんなは一斉に正気を取り戻す。条件反射のごとく机の上に散らばる格闘の跡を整理して一斉に出口へ(なだ)れ込んだ。いつもの療治なら此の流れに身を任したが、今日は講義が終われば見失わないようにしっかりと追っかける相手が居た。  療治は流れに逆らって室屋多美の後方に張り付いた。講義室を埋め尽くした学生達は一方通行になり廊下から流れ出すと、次第に分散して室屋多美の周囲が疎らになった。この時を待ち焦がれて療治は声を掛けた。 「室屋多美さんですね」  彼女は立ち止まり怪訝(けげん)そうに療治の頭のてっぺんから足の爪先まで一通り眺めて、誰ッ、て聞かれた。一年間同じ講義を聴きながらそれはないでしょうと答えると「あなたの存在は知ってるけどまだ喋った事は無いのよ」と先を急ぐ彼女に「みぎわさんの代返をしていたでしょう」と謂うと彼女の態度がガラッと変わった。あなたは誰っ、とまた同じ質問を繰り返されたが、今度はさっきの能面のような顔付きから、穏やかな笑みをたたえて興味津々な目付きで眺められた。 「波多野療治ですが」  ウッ、と彼女は言葉を詰まらせた。 「あなたがみぎわちゃんの彼?」 「そうですが多分、室屋さんはみぎわさんの代返に集中して先生が言った私の名前はいつもスッカリ抜けていたんですね」  此の先生はいちいち返答する顔を確認しないで出欠を取っているから、二度返事する彼女には全く気付かないと同様に療治にも気付いていない。まあ殆どの生徒も出欠で呼び上げる呼び捨ての苗字だけでは順番以外は(うわ)の空で聞いている。 「今日はみぎわさんからの紹介を待たずにひとつ聞きたいことがあって呼び止めたんです」 「ハア? 何でしょう」 「僕はみぎわさんの云っていた理想とは掛け離れているんですか」  ウッとまた声を詰まらせたが、今度はそこにかなりの親しみが籠もっていた。
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