第百二十四話・恋ってなんだ

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第百二十四話・恋ってなんだ

 昨夜は酔い潰れた榊原をタクシーを使って家まで送り届けた。こっちへ来てから彼奴(あいつ)の部屋を見たのは初めてや。紗和子が実家へ帰った後だけに小綺麗にはなっていたが、みぎわと二人で上がり込んで何とか布団に寝かせた。そして表から掛けた鍵を台所の格子の掛かった窓から投げ込んで帰ってきた。  何でここまでせなあかんのやとぼやく波多野に、みぎわはこれも責任の一端はあんたにもあるやろうと言われてしまった。あとは黙って待たしたタクシーで二人は帰って来た。  帰り着くと明日はかならず行かなあかんと言われた。会社はどうするんやと逃げ口上に言ってはみたが、矢張り一蹴された。もしこれで(まと)められんようやったらあんたを見損なうとまで言われてしまった。みぎわは余程に紗和子から厚い信頼を勝ち得ているのが不思議でならない。それを確かめたくもあって明日は行くことにした。あなたの友情がどれほどの物か知りたいと、みぎわに言われて覚悟を決めて部屋を出た。  京都駅では山陰線が嵯峨野線と呼ばれるように、嵯峨駅を過ぎると観光客がどっと降りて、いつもののんびりした列車に変わりはない。ただ気持ちとは正反対に、いつも癒やしてくれる車窓の景色は、いつもより薄情なぐらい気持ちを急かし続ける。  田植えが終わって順調に伸びた稲は、もう直ぐ梅雨になり潤いを与えてくれる。それに引き換え此の曇り空は心を憂鬱にさせてしまう。  踏切に近付くと重い心を引き摺ってるのに、軽快な汽笛を鳴らして、遮断機が下りた道路を列車は通過する。農作業に向かう軽トラが視野を横切った。その横には保育園児の散歩なのか、保母さんに連れられた園児の群れが列車に向かって手を振っていた。丁度この前に会ったあの女の子供もあれぐらいか、そして紗和子のお腹の中にも居るのか。
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