第百二十六話

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第百二十六話

「あの人、親身に相談に乗ってくれるんやね」  最初は聞き流していたけれど、でも喋り方が違うんや。言葉の語尾がスーと消えるように上がるからきつくないんや、それで胸の中に溶け込むように響くさかい。つい言わんでもええ事まで受け答えしてしまう。話しやすく聞き上手やから、たわいのない事から深刻な話まで踏み込んで喋れるようになるのにそう時間が掛からなかった。  それは波多野が小さいときから今日まで築いた紗和子との信頼関係を遙かに超えたものを、みぎわと短時間に築いた事になる。 「どんなことを話したんや」 「先ず祭りのこと」 「ああ、葵祭か」 「そや、優雅でええなあって、そしたら、みぎわさんがそれだけに心の葛藤もただ事やないんよと言われて(ほう)けていたら」  源氏物語の世界を垣間見たと言われて。別段変わった事ない古典の話なんかと思った。  あの衣装で着飾った人達が、この町で恋のさや当てで嫉妬に渦巻く世界に落ちてゆくのは、今も昔も変わらへん。そう想うて見てたら(なん)や面白くなって来る。でもそんなもんをあたし達は中学で真面目くさって習っていたかと思うと(かえ)って可笑しく見えてしまう。 「それであの頃の恋の話をし始めたら……」  あれは宮廷を巻き込んだ大スキャンダルの不倫物語なのに、あの時代のベストセラー文学として今日まで受け継がれてきた。それはいかに人々が恋の駆け引きに興味津々として、今日まで共通するものだったんや。そう言われるとあの時代は今も昔から変わらへんから「そやねえ」とたわいもない言葉を交わしていたら、みぎわさんって謂う人柄が、自然とうちの心の中にすんなりと入って来てしもた。
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