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第百三十一話
「牧野さんって謂う人にはほんまにトコトン誠意を尽くさはったとみぎわさんが感心してたわ」
あの気難しい牧野をみぎわが良いように伝えたのなら、榊原は更に言いやすかったやろう。
「処でそのみぎわが言うには、なんや紗和子は思い詰めてることがあるんとちゃうか。それで実家に帰ったんやろう」
「それってみぎわさんから聞いたん」
「ウン? まあ、そんなもんや」
波多野は暫く紗和子が何を言い出すか身構えたが空振りだ。
「みぎわさんは療治さんのことをよく知ってるし、あたしの気が付かなかったあたしの事もよく知ってはる。不思議なくらいあの人の洞察力は凄いと思った」
波多野は調子抜けした。
「それはみぎわから聞かされたとしても、それはそれとしておいといて。俺の聞きたいのはなんで実家へ急に帰ったか、ちゅう話なんやけど」
「みぎわさんからなんぼ聞かされても、うちにはどうしょうもないことがあるんやけど」
「なんやそれは」
「それは……」
「アッ、待て、その前にみぎわから何を聞かされたんや」
また紗和子は笑った。だが今までの笑顔と少し違う。何処か棘の有る嗤いやった。それでもう聞く気が失せてしまった。
「さわこ」
「急になんやの」
「ここしばらくの間に紗和子は随分と変わっているように見えるが、榊原さんはどうみてるんや」
「そんな可怪しなこと言わんでええわ」
あの人は今もこれからも、あたしを好いてくれている。そしてそれが最近は有り難いと思えるようになって来たと言われてホッとした。
「そしたら実家へ帰ったんは単なる気晴らしか、ならみぎわの取り越し苦労で良かった」
「ウッ? みぎわさん、あたしが帰ったことで何か言わはったん?」
紗和子は榊原でなく療治の子を産みたかったのではないか、と今朝、出かける時に言ったみぎわの言葉が頭に浮かんだ。それより、そんなことを今一緒に居るみぎわ自身がその同棲相手に言ったことに、波多野は相当なショックを受けていた。勿論みぎわには悪気はないのだろうが、その意味を波多野はまだ計り知れないまま列車に乗ってしまったのだ。
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