第百三十二話

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第百三十二話

「いや、特に変わったことは言わなかった」  そう、と紗和子は別段気に留めなかった。出かけのみぎわの言葉が頭にこびりついているだけに、それが余計に気になりだした。 「でもみぎわさんって結構気になることをハッキリと言う人なんやね、その人が黙って昨日は見送ってくれてホッとしているの ?」  ウッと波多野は息を詰めた。みぎわは黙っていなかった。波多野に手遅れにならないように言付けをして今朝は見送っている。紗和子はいったい何を思い詰めているのやろう。しかしここまで元気な紗和子を見ていると、矢っ張りみぎわの思い過ごしな気がしてくる。それでも今の言葉は気になった。 「紗和子、お前は何を考えて実家に帰ったんや」  紗和子は屹度して波多野を見詰めた。 「それより、療治さんに聞きたいんやけど」 「何や改まって」 「本当の恋って何やの」 「それ知ってどないするんや」 「どうもせへえん、ただ聞いてみただけや」 「紗和子からいつもそんなん聴いたことがない。初めてや」 「うちも初めて言うた」  どうやらみぎわからそんな話を吹き込まれたらしいのか問うてみた。 「みぎわさんはそれでもその人の子供を孕んで、初めてその恋は成就すると言ってはった。療治さんもそう思う?」 「まあなあ、それは正論やけど恋には色々あるしなあ」 「例えば」 「紗和子は良く知らんのかなあ、牧野のことは」 「知ってる、みぎわさんから十分に聞いた。でもみぎわさんはあれも恋なんよって言わはったから。それで妊娠を知って同じように考えたらもう訳分からんようになって家を飛び出してきたんよ」 「榊原とは喧嘩したんと違うんか」 「あの人はあたしが気に障るようなことは言わん人やから……」  ちょっとした喧嘩も仲のええの証拠やけど、榊原は堅物過ぎる。少しは紗和子の気を持たさんと、それで持ちつ持たれつになるんやけれど。 「それで今まで思いの丈を全部みぎわに言ってたんか」 「あの人は酸いも甘いも見極める人やねえ、だから療治さんに迎えに行くように頼んだんやなあ」 「何でそこまで見通せるんや」  紗和子の気持ちをしっかり見通せるみぎわは、確かに大したもんやと思った。 「そこが療治さんと似ている。だって他の人が見たらええ加減に見える人をチャンと見極められるんやから、その療治さんが勧めた人なんや榊原さんは」  そう思うてみても、いざ子供が出来ると怖くなってしもた。けれどこうして今まで聞かされた話を思い返してみたら落ち着いてきた。だから恋ってどんなもんか解ってきたようだ。そやからもう帰ると言い出した。 「榊原のところか」 「そうや」  とぶっきら棒にありがとうと言われてしまった。  これも恋、どうって事ないさと呟いた。                      了
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