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1 あなたに出会えて
「きれい」
思わず呟いてしまったけれど、屋上には滅多に人は来ないから、心配はない。金網の向こうに見える家の灯りの数だけ人がいるのかな。叫んだら、誰か窓を開けるかな。美味しいご飯食べてるかな。みんな幸せなのかな。唯はこの時間に来たことがないから、夜景を見たらどう思うかな。最高って言うかな。
唯がいるから、彼に告白する勇気が持てた。
唯がいるから、長い夜が短い夜に変わった。
唯がいるから、明日に希望が持てた。
唯ありがとね。
唯は私の最高の友人です。フルネームは広田唯。高校に入学してからずっと一緒にいる。今年も同じクラスになれて本当に嬉しかった。
ふたりとも帰宅部で、勉強もそこそこくらいの、目立たないコンビではあるけれど、最強コンビだと思う。唯はドーナツを5個食べてお腹減ったと言って、ハンバーガーを食べるような女の子。食いしん坊では私も負けない。ハンバーガーを普通に2個食べる。唯と話していると楽しくなって、沢山食べてしまう。
「何でも持って来て。食べるぞ」
私がそう言うと唯は、ポテトとナゲットを山盛り買ってきた。しかも食べながら持ってきた。笑うしかない。というか笑いしかない。
唯と話す内容は先生の悪口から、すぐに推しの話に切り替わる。唯の推しは、アイドルではなく、プロ野球選手だ。しかもイケメンではなく、申し訳ないが少し不細工に見える。
「そこがいい。というか、そこがかわいい」
そう言って唯は笑う。「あんたは最高だ」と思うけど、私はちょっと意地悪にイジる。
「眼鏡買った方がいいよ。そこにメガネ屋さんあるよ」
唯はナゲットを両手に1個ずつ持って、自分の目に当てた。
「どう似合う?この眼鏡でイケる?」
「似合ってる!」
唯は右手のナゲットを食べた。
「右目のレンズないよ」
唯はナゲットをまた掴んで目に当てた。そして左手のナゲットを食べた。
「今度は左目のレンズがないよ」
唯はまたナゲットを掴む。これを繰り返して、ほとんど一人でナゲットを食べてしまった。
「レンズがもうありません。メガネ屋さん行きますか?」
そう言って、本当にメガネ屋さんに入った。買いもしないのにさぞかし店員は迷惑だっただろう。唯はいくつも眼鏡をかけて、私に見せてくる。
「彩芽、これ似合うんじゃない?」
そう言って渡されたのが、でっかいサングラス。
かけてみたが、もちろん全然似合わない。
「どう?」
「うん、全然似合わない」
他人のふりをして店を出た唯は大笑いしている。全くもってくだらない。くだらないことって最高であることを唯が教えてくれた。
家に帰ってからも唯のことを思い出すと笑えてくる。だからお家に帰るとつい唯の話をしてしまう。
「唯ちゃんの話ばっかりね。彼氏の話くらいしてよね」
お母さんはすぐ意地悪を言う。私には彼氏がいない。というか付き合ったことがない。でも好きな男の子はもちろんいる。お母さんに話すと面倒くさいことになるので、唯に話す。
私が好きなのは、同じクラスの森下誠志郎くん。何がいいって、色白で顔が綺麗で、勉強ができる。そして弓道部の彼の袴姿は最高だ。唯に何度熱弁したことか。唯の好みと違い、理解はされないが、「森下君のことを話す彩芽が最高にかわいい」と言ってくれる。
「人を想うって素敵だなって思う。彩芽は今最高に素敵だよ」
唯は優しい言葉をくれるから泣きそうになる。そんなことを言うあなたの方が素敵だよ。そしてドーナツを追加するあなたは最高すぎる。
「このドーナツあげる。告白するエネルギーにして。こっちはだめだよ。私の分だから」
いやいやそんなに食べれないから。あなたがいるだけで最高のエネルギーです。
誠志郎くんに告白できたのは唯のおかげだ。誠志郎くんには中学生の頃から付き合っている彼女がいる。もちろんそれは私も知っていた。自分にけじめをつけたかった。
「彼女いるから」
そう言ってフラれた。
「部活がんばってね」
「うん、ありがとう」
誠志郎くんは笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。告白されて困っていたはずなのに、嫌な顔ひとつせず、向き合ってくれた。それだけで嬉しかった。
ドーナツを食べながら、唯に報告。唯がなぜか泣いてしまった。そして泣きながらドーナツを大量にトレーに乗せて持ってきた。
そんな唯を見て、私はポロポロと涙が溢れてしまって、ふたりして泣きながらドーナツを食べた。それでもドーナツはとても美味しかった。
唯、あなたに出会えて本当に良かった。
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