2 秘密の場所

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2 秘密の場所

 唯とその場所を見つけた。  学校の帰りにコンビニで、アメリカンドッグとお菓子を買って、座ってのんびりできる場所 を探していた。公園のベンチにしようと公園に向かう途中に、そのビルが目に入った。  入り口は雑草が生えていて、隅にはチラシや新聞などのゴミが散乱していた。このあたりは新しいマンションが多く、綺麗な家が多い中で、浮いたようにそのビルは建っている。昭和くらいに建てられたものかな。青いタイルが貼られているけど、剥がれているところも多い。私や唯が生まれる前に建てられたのは間違いない。 「なんか気持ち悪いね」  私は思わず言ってしまったけど、人が住んでいるマンションだ。薄汚れた窓からカーテンが見える。 「入ってみようか」  唯が少し興奮して言った。  少し怖かったけど、なぜか負けたくない気持ちで答えた。 「入ろう」 ビルに入ると、照明が点いていないため、昼間でも暗かった。奥にエレベーターの明かりが見えた。細長い四角い窓から、エレベーター内が見えるが、薄暗い。 「屋上ないかな」  私の言葉に唯はすぐ反応して、エレベーターのボタンを押した。少しの間の後、エレベーターはガチャガチャンと大きな音を立てて開いた。  怖くてドキドキするのにワクワクする。唯も同じ気持ちなのか、身を丸めているのに笑っている。  最上階の10階のボタンを押すと、ゆっくりエレベーターは上がった。窓からは暗闇と薄暗い廊下が交互に見えた。突然、女性が窓の外に見えた。心臓が止まるかと思ったけど、唯はもっとびっくりしたのか、座り込んでいた。  エレベーターは止まることなく、10階に着いた。先ほど見た女性は降りるエレベーターを待っていたのか、エレベーターはすぐに降りていった。 「怖かったあ」  唯はそう言って、おばあちゃんのように腰を曲げている。  踊り場の横には扉があった。扉を開けると上に続く階段が見えた。唯と目が合うと、そこからは無言のまま階段を上がった。期待と予感で胸が高鳴った。  先に上った私が扉を開けた。扉は重く、体重を乗せて押すと、ゆっくり開いた。  密閉された暗い空間から解放されて青い空が見えた。屋上は緑の金網に囲まれているけど、坂の上にあるこのビルより高いビルもなく、遠くにある東京タワーまで見えた。抜けた景色に吸い込まれそうで、身体が浮いたような感覚になった。  屋上には物干し竿があり、使われていないのか、錆びて赤黒くなっている。床には水溜りができていて、黒く汚れているが、景色があまりにも最高で、沈殿された澱みと綺麗な水が分離したような世界に見えた。 「ここ最高じゃん!買ったやつここで食べよう」  私がそう言う前に唯はアメリカンドッグにかぶりついている。美味しそうに食べるなあ、本当に。  学校の帰りはここで唯と一緒に過ごす定番の場所となった。もちろんふたりだけの秘密の場所。  唯との楽しい時間はすぐに終わってしまう。家に帰っても、唯にメッセージを送る。食事中にスマートフォンを触るとお父さんはいい顔はしないけど、私にすごく優しい。  私が嫌いな椎茸が食卓にあったら、お父さんがこっそり食べてくれる。お父さんは無表情を装いながら口元が笑っている。 「この鞄ほしい」  お母さんに見えないように、スマートフォンの画面を見せてお父さんにおねだり。お父さんは困った顔をしたけど、お母さんにバレないように指でオーケーの合図。  後日、机の上におねだりした鞄が入った袋が置いてあった。お父さんは本当に私に甘い。そして最高のお父さん。中学生の時、大好きなのに、なんか気持ち悪く感じて避けてた。ごめんね。なぜかあの時は、納豆を混ぜるお父さんの動きや爪を切っている姿、髪をセットしているところを見ただけで気持ち悪かったよ。  お母さんも私に甘いと思う。お母さんも働いているから、忙しいのはしようがないのに、「ごめんね」と言って、お小遣いをくれる。そこまで気を遣わなくていいのに。遅くまで頑張っているお母さんが、心配しないように、私ちゃんとご飯食べてるよ。本当はね、唯と遅くまで遊べるし、お菓子も食べれるから、お母さんが遅くなっても楽しく過ごしている。  お父さんお母さんは優しいし、欲しいものは買ってくれるし、お小遣いもひとより多いと思う。自分でも恵まれていると思う。唯にそれを言うと「彩芽お嬢様」と言って揶揄(からか)う。  お父さんは寿司職人で、私が中学生の頃独立して、お店を構えている。普通のサラリーマンが入れるようなお店じゃないみたい。お家は少し裕福かもしれない。お嬢様は大袈裟だけど、やっぱり嬉しいフレーズ。  お母さんは出版社の編集の仕事をしていて、私から見てもかっこいいと思う。40歳過ぎてもスタイル抜群で、私より細いくらい。仕事はとても忙しくて、食事が冷凍食品の時もあるけど、実は料理が得意。料理人でもあるお父さんが、「お家のご飯がいちばん美味しい」って言っている。白いご飯にお味噌汁、納豆、筑前煮、セロリが入ったお母さんの特製サラダ。ごく普通の食卓だけど、「こういうのがいちばん美味しい」って、お父さんが言うから間違いない。私の作った餃子も食べてよね。チーズ入りで最高でしょ。  
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