⑭こんなの、ずるい

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「宇沙ちゃんはカラオケとか行くの?」 「いいえ、私はあまり……」  私は得意じゃないけれど、将司さんはカラオケが好きだった。  ふいに思い出す。  彼は二人きりのときでなく、総務部の飲み会の二次会で必ずカラオケに行き、熱唱してた。  好きなだけあって、上手で……。 「ひゃっ!」  突然、耳を噛まれた。痛くはないけど、びっくりする。  そして、木佐さんはちょうど流れていたバラードを耳もとで歌った。 (こんなの、ずるい)  彼の少しかすれたセクシーな歌声で頭の中がいっぱいになってしまう。将司さんの歌声がかき消される。  さびを歌うと、木佐さんはぱたっと私の肩に頭を乗せた。 「……俺さ、焦らすのも焦らされるのもわりと好きなんだけど、宇沙ちゃんに対しては我慢が効かないみたいだ」 「え?」    どこか拗ねたような声で木佐さんが言った。  我慢が効かないって、どういうこと?  肩にいる木佐さんを見ると、落ちかかった前髪の間から、切れ上がった目が私を流し見ていた。 「だから、覚悟してね」 「覚悟?」  その色気のしたたる視線にゾクリとしながら、彼を見つめる。 (それは今からいっぱい抱くってことかしら?)  身体がキュンとわなないた。  ニッと笑った木佐さんは、視線をテレビに向けた。 「ほら、もうすぐ年が明けるよ」  いつの間にか、歌番組は終わっていて、アナログ時計が大写しになっている。    プッ、プッ、プッ、ポ~ン  音とともに秒針が動いて、零時を回った。 「ハッピーバースデー、宇沙ちゃん」 「っ!」  私の頬を持って目を合わせ、木佐さんが言った。  その瞳は優しく細められている。  新年の挨拶より先に、誕生日を祝ってもらえるとは思わなかった。 (木佐さん……!)  胸がいっぱいになって苦しい。  それなのに、彼はさらに私の心を乱すことをした。   「はい。プレゼント」  いつのまに取り出したのか、透明袋とリボンでオシャレにラッピングされた箱を渡される。箱にはピンクや赤の薔薇の花が詰まっていた。 「きれい!」 「それ入浴剤なんだよ。好みがわからなかったから、なくなるものがいいかな、と思って」 「なくなるもの……」  その言葉に急激に気持ちが落ち込む。  将司さんもそうだった。  あとに残らないもの。  いつでもなくせるもの。  それは、すぐに消えてなくなってしまう関係を暗示していた。 (当たり前だわ。私たちはそんな関係なんだから)  むなしくて泣きたくなった。
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