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「宇沙ちゃんはカラオケとか行くの?」
「いいえ、私はあまり……」
私は得意じゃないけれど、将司さんはカラオケが好きだった。
ふいに思い出す。
彼は二人きりのときでなく、総務部の飲み会の二次会で必ずカラオケに行き、熱唱してた。
好きなだけあって、上手で……。
「ひゃっ!」
突然、耳を噛まれた。痛くはないけど、びっくりする。
そして、木佐さんはちょうど流れていたバラードを耳もとで歌った。
(こんなの、ずるい)
彼の少しかすれたセクシーな歌声で頭の中がいっぱいになってしまう。将司さんの歌声がかき消される。
さびを歌うと、木佐さんはぱたっと私の肩に頭を乗せた。
「……俺さ、焦らすのも焦らされるのもわりと好きなんだけど、宇沙ちゃんに対しては我慢が効かないみたいだ」
「え?」
どこか拗ねたような声で木佐さんが言った。
我慢が効かないって、どういうこと?
肩にいる木佐さんを見ると、落ちかかった前髪の間から、切れ上がった目が私を流し見ていた。
「だから、覚悟してね」
「覚悟?」
その色気のしたたる視線にゾクリとしながら、彼を見つめる。
(それは今からいっぱい抱くってことかしら?)
身体がキュンとわなないた。
ニッと笑った木佐さんは、視線をテレビに向けた。
「ほら、もうすぐ年が明けるよ」
いつの間にか、歌番組は終わっていて、アナログ時計が大写しになっている。
プッ、プッ、プッ、ポ~ン
音とともに秒針が動いて、零時を回った。
「ハッピーバースデー、宇沙ちゃん」
「っ!」
私の頬を持って目を合わせ、木佐さんが言った。
その瞳は優しく細められている。
新年の挨拶より先に、誕生日を祝ってもらえるとは思わなかった。
(木佐さん……!)
胸がいっぱいになって苦しい。
それなのに、彼はさらに私の心を乱すことをした。
「はい。プレゼント」
いつのまに取り出したのか、透明袋とリボンでオシャレにラッピングされた箱を渡される。箱にはピンクや赤の薔薇の花が詰まっていた。
「きれい!」
「それ入浴剤なんだよ。好みがわからなかったから、なくなるものがいいかな、と思って」
「なくなるもの……」
その言葉に急激に気持ちが落ち込む。
将司さんもそうだった。
あとに残らないもの。
いつでもなくせるもの。
それは、すぐに消えてなくなってしまう関係を暗示していた。
(当たり前だわ。私たちはそんな関係なんだから)
むなしくて泣きたくなった。
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