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私がどれだけ嬉しかったか。
*
「死ねこのクソビッチが!!」
吐き捨てられた言葉に、私はオロオロ。対して私の隣に居る聖愛ちゃんはニコニコ。こんな時でも崩れない天使の微笑みに、しかし男は捲し立てる。
「会社に出鱈目言いやがって!! 今まで俺がどれだけお前に貢いでやったと思ってんだ!? 金返しやがれ売春女っ!!!」
ニコニコ、彼女の笑みは崩れない。
東京都の渋谷のスクランブル交差点、そんな大勢が行き交う往来で、聖愛ちゃんと二人スターバックスの新作を飲みながら次の目的地を決めつつ歩いていた時に、急に後ろから聖愛ちゃんに背後からコーヒーが掛けられた。それに驚いて振り返れば、この男性がいて冒頭の罵倒を急に浴びせてきた。私はそれに、オロオロするしか出来ない。
梦視侘聖愛。クラスメイトで、唯一の親友。地毛だという白金色の髪は掛けられたコーヒーで濡れて、そのコーヒーが彼女の着ているパーカーにまで伝りそうで私は動揺した。幸いパーカーが濡れることはなかったが、それでも酷い。
そんな彼女になおも怒鳴り続ける男性は、どこがくたびれた風体をした40代ぐらいの男性。スーツを着ているからサラリーマンだろうか。生憎私にはスーツを着た大人の職業の判別など出来ない。皆一律にサラリーマンに見える——と言ったら、多分多方面からブーイングを喰らうだろうが、兎も角この男性と聖愛ちゃんの関連性が分からない。聖愛ちゃんが“ビッチ”や“売春女”なんて言葉で罵られなければならない理由もなおのこと分からない。
ゆっくり、聖愛ちゃんが瞬きをした。彼女はくるりと私の方を見ると、私の手を握る。
「行こっか、めぐみん。横断歩道、赤信号になっちゃう」
そして彼女は歩き出す。一連の騒動で自分に注目が集まっているとしてもお構い無しに、スタスタと歩いていく。手を繋いだ私も自然と歩き出し、男の人は怒鳴りながら追いかけてきた。その鬼のような形相に萎縮していれば、聖愛ちゃんは私の肩を抱き寄せる。
「大丈夫よ、心配しないで」
そして、優しく笑った。私の大好きな、聖愛ちゃんの笑顔だった。
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