就職先は、ゴリラの会社

1/1

84人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ

就職先は、ゴリラの会社

 マンションの鍵を何度も確認して、部屋を出た。 (ドキドキする……迷子にならないかな……)  エントランスを出て、迷ったときの為にマンションの外観を覚える為に振り返った。40階まであるこのマンションは、高層の建物の多いこの都市でも、割と目立っているので、遠くからも分かりそうだ。 (それに、ソウンさんに頂いたこのスマホの地図でなんとか……) 「よし……」  小声で呟いて、歩き出した。    スーパー、コンビニ、書店、ドラッグストアをまわった。  ソウンさんに頂いた財布はパンパンになるくらい札束が入っていたけど、いつ返せるか分からない人のお金は使いたくない。 (獣人の世界って忘れそうになるくらい、皆外見が人間の私と変わらないなぁ……)  ただ、とにかく大きい。男の人も女の人も、私より断然大きい。そのせいか、商品棚の一番上は見にくいし、どのお店もドアが大きく通路が広い。  そして時々、動物の耳なんかの獣人っぽい特徴のある人達を見かけるのだけど、周囲からヒソヒソ話をされていたり、馬鹿にするような目で見られていて……なんだか釈然としない。  どこの世界にも差別とかあるものなのだろうか。もし、自分が人間だとバレたら……私も好奇の目で見られたりするのかと思うと……胃が痛い。 二時間くらい街を歩いて、少し疲れてきた。膝はもう痛くないから大丈夫なのだけど、どうやら自分には基礎体力が足らないみたいだ。 (私、絶対にインドア派だったんだろうな……) 「ねぇ、君。ちょっといい?」 「……」  ぼけっと歩道の端っこで立っていると、向かいから歩いてきた男の人に話しかけられた。  男性は、全体的に散らかった印象の人で、雑に染めた感じの金髪で、耳には沢山ピアスが付いている。背は高いけど、この頃ソウンさんを毎日見ているせいか、凄く目の前の人が細く頼りなく感じる。そして、なんでか凄く先の尖った靴が歩きにくそうで気になる。 「あのさぁ、これから一緒にご飯食べない?」 「!?」 (こ……これは、まさか……凄く高価な壺を売りつけられたり、宗教に勧誘されたり、危ない世界に誘われる……あれでしょうか!?) 「いえ……私、お金ないですし……」  とにかく、自分はカモにはならないというアピールをしてみた。なのに相手は私の肩に手を置いて体を近づけてくる。凄く、胸がザワザワします。 「いいよ、いいよ。奢るよ!何食べたい?」  男の人は、私の体を押してくる。 (連れて行かれたら、断れる気がしません!なんとか……なんとか逃げないと) 「あっ、あの!私、ここに用があって来たんです!」  咄嗟に、目の前の会社の事務所みたいなドアを指さした。三階建ての建物で、ガラス張りのドアには飾りなどはなく、剛健株式会社とだけ書いてある。 「え?嘘でしょ」  男性が私を鼻で笑った。 「ほ、本当ですから!それでは、失礼します」  とにかく中に入って謝れば良いだろうと、腕の中から抜け出して、振り返らずに、そのドアを開いた。ドキドキしすぎて目の前がまわりそう。 「お待たせしました!」  もう、なるようになれ……そう思って、満面の笑みで中に入ると、奥の一番偉い人が座りそうなデスクに居た人が、私を見た。他には誰も居ない。 「ああ?」 (終わっちゃったかもしれない……私の人生……)  男性の顔を見てそう思った。  一言で言うなら反社会勢力のボスっぽい。  ゴリラっぽい方だった。とにかく体が大きい。逞しいソウンさんよりも二回りくらい大きな体は、他の人と次元が違った。  上にも大きく、横にも大きく、厚みも凄い。そして顔は大きめで厳つく、目つきで人が殺せそうで……脂のノッた筋肉がはち切れそう。  肩の筋肉が発達しすぎて首が無い。私なんて小指一本で、どうにでも出来そうだ。 (こ……これは……ゴリマッチョの最終形態……まさか、この方はゴリラ獣人さんでは!?) 「なんだ嬢ちゃん。何の用だ」  肺活量が凄くて、普通にしゃべっているように見えるのに、大声に聞こえる。 「あ……あの……ごめんなさい……わたし…」  最初は怖かったのだけど、目の前の男性の余りの突き抜けたキャラクターに、何だか感動すら覚え始めた。 「あんた、あれか!午前に面接に来るはずだった女か!午前中に目の前をウロウロして俺の顔みて逃げた女がいたから、あの女かと思ってたが」 (なにやら……話が進んでる……面接……仕事!)  剛健株式会社の採用担当、或いは社長と思われるノースリーブの男性は「座れよ」と長机にパイプ椅子を一つと、反対側に頑丈そうな椅子を一つ置いた。 「履歴書だせよ。二時間遅刻だが、とにかく電話番が必要だから面接してやる」  男性は、椅子にドスンとすわり、長机を太い指でトントン叩いた。 「あっ……あの!」 (これは、またとないチャンスでは!?電話番って難しいのかな?) 「なんだ?」 「実は……私、履歴書に書けるような事が無くて……素性も明かせないのですが、働きたいんです!!」  追い返されないように、素早く椅子に座って詰め寄った。大きな手をがっしりと掴む。 「なんだ?お前……まさか、そんな大人しそうな顔して前科者か?あれだろ、美人局とか結婚詐欺とか、そういうのだろ」  男性の大きな手が、ブンっと上がると、私を指さした。 「あー、あーの、そっち系じゃないです……経歴詐称とか?」  人間ということは明かせないから、そういう罪状になるのだろうか。首をひねって天井を見上げた。 「あれか!嘘の病気とか、嘘の夢への出資とかか?」  男性は、何故だか楽しそうだ。 「えっと……病気とかが近いかな?」 「かー!やっぱりな!嬢ちゃん、今にも死にそうな軟弱な体だもんな!そりゃあ騙されるわ。悪い女だな、糞野郎」  言葉は悪いのに、男性からは嫌な感じがしない。凄く満面の笑顔で笑っていて……。 (……この人……なんだか、可愛い?) 「警察に捜索されてんのか?」 「いえ……そんなこと無いです」 「ほー、嬢ちゃん凄いな。相手が被害届をださねぇほど惚れさせたのか。分かったぜ。見つかったらやべぇほど入れ込まれてるんだな。面白ぇ!採用してやる。電話番だからソイツに見つかる可能性もねぇよ」  そう言うと、男性は立ち上がって真っ白な紙とボールペンを持ってきた。 「ウチは足場の会社だ。所属しているのは、社会に馴染めねぇ、癖のある猿系獣人の奴らばっかりだ。お前ならやっていけるだろう。いいか、掛かってくる電話の8割は苦情だ。適当に聞き流せ。簡単な仕事だ」 (どうしよう……仕事は決まりそうだけど、私……詐欺師の女のように思われてる??ん?そういう、ずる賢く世の中をスルスルっと渡っていくキャラみたいなの演じるの、無理だよ!でも……此処を逃したら……他があるとも思えません!) 「俺は、ここの社長の剛健(ゴウケン)だ。見ての通りのゴリラ獣人だぜ」  剛健社長は、右手で胸ポケットの中を漁り始めたけれど、腕の筋肉が邪魔なのと指が大きすぎて、目的の物が中々出てこない。 「くそっ……おっ、とれた。これが名刺だ」  やっとの思いで取り出された、端の折れている名刺を受け取る。 「ありがとうございます。私は、ノエと言います。何獣人かは黙秘します」  ぐっと目に力を入れて、精一杯強がって言ってみた。 「なんだかわかんねーけど、猿系だろ。まぁいい。ぶっちゃっけ、ウチは儲かっている。妙なのが一人、二人居ても良い。それによぉ、面倒くせぇんだよ、苦情の電話。うるせぇ黙ってまってろ、っていうんだけど何度も掛けて来やがって……そのくせ、他に頼めつっても、待つとか言うんだぜ。何なんだよ。お前も適当に話しして、待ってろボケって言っておけ」 「……ど、どうかと思いますが、頑張ります」  一体、私が引き受けた仕事は何なのだろうか。不安ばかりが募る。 「ノエだったか?銀行口座はどこのだ?」 「ありません」  何か問題が?という顔で言ってみた。内心は汗がダラダラだったけど。 「差し押さえか?凍結か?」  剛健社長は、ニコニコ笑ってテーブルの上で腕を組んだ。腕なのに……赤ちゃん二人くらいのっている感じがする。 「現金主義です。日払いで下さい」  ふふん、と顎を上げて笑って見た。 「よし!良いだろう。明日から来い」 「ありがとうございます!頑張ります」 「あー?頑張るな。真面目に対応するな。良いか、客からの電話は全て苦情、同業者からかかってくる電話は、おー俺だ!あの件はそうしといた、伝えとけ!とかいう名乗りもしねぇ電話だ。前のヤツは、それを丁寧に聞き返して毎回、電話切られてた。良いか、とりあえずどんなヤツだったかくらい聞き出せ。最悪、用があればまた掛けてくる、一々気に病んで俺に聞くな!わかったか?別に仕事の一つや二つ無くなっても問題ねー」 「分かりました!」  正直、全然わからないし、不安しか無いけど、こんな都合の良い仕事は他に無い。 (何としても、こなしてみせる!)  事務所から出て、仕事の決まった私は……調子に乗って書店に行き、獣人図鑑を買った。ちょっと高かったし、大きいし重いけど、獣人について色々知りたい。  ソウンさんのお家に戻って、一緒に買ったノートにレシートを貼り付けた。 (そういえば……時給とか一切聞かなかったけど……贅沢は言えない。とにかく頑張ろう!)
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

84人が本棚に入れています
本棚に追加